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 米倉は門田の顔を見ると、露骨に嫌な顔をした。そんな米倉は、正に疫病神がやって来たと言わんばかりであった。
 そんな米倉に門田は、
「今日は米倉さんに関することではないのですよ」
 と、穏やかな表情と口調で言った。
 そう門田が言うと、米倉は言葉を詰まらせた。そんな米倉の表情は、その門田の言葉は正に思ってもみなかったと言わんばかりであった。
 そんな米倉に、門田は、
「米倉さんが経営してるラブホテルの『白銀』に、白河朋子という従業員がいますね」
 そう門田が言っても、米倉は何も言おうとはしなかった。そんな米倉は、門田の次の言葉を待ってるかのようであった。
 そんな米倉に門田は、
「白河朋子という従業員は、どういった女性なんですかね?」
 と、穏やかな表情と口調で言った、
 すると、米倉は、
「ごく普通の従業員ですがね」
 その米倉の言葉は、門田にとって意外なものであった。門田は、米倉は朋子のことを何らかの表現を用いて悪く言うのではないかと思っていたからだ。
 それで、門田は、
「白河さんは米倉さんに、いい印象を抱いていないのではないですかね?」
 と、さりげなく訊いた。
 すると、米倉は、
「いや。特にそのようには思っていないと思いますよ」
 と、特に表情を変えずに淡々とした口調で言った。
「では、どうして白河さんを米倉さんは雇ったのですかね? 白河さんはアルバイトなんですよね?」
「アルバイト募集の貼り紙をホテルの前に貼っておいたら、白河さんが応募して来たのですよ。それで、採用したというわけですよ」
 と、米倉は些か顔を赤らめては言った。
「なる程。で、米倉さんは私生活上で、白河さんと付き合っていたりはしなかったですかね?」
 と、門田が言うと、米倉は眼を大きく見開き、
「とんでもない!」
 と、甲高い声で言った。そんな米倉は、今の門田の言葉は思ってもみなかったものだと言わんばかりであった。
 そう米倉に言われ、門田は渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせてしまったが、そんな門田に米倉は、
「でも、何故刑事さんはそのようなことを言うのですかね?」
 と、門田の顔をまじまじと見やっては、いかにも興味有りげに言った。
 すると、門田は些か表情を和らげ、
「いや。特にこれといった理由はないのですがね。でも、捜査というものは、あらゆる可能性を想定しなければならないのでね」 
 と言っては、小さく肯いた。
 すると、米倉は何も言おうとはしなかった。 
 そして、門田は後少し、米倉から何だかんだと話を訊いていたのだが、特に成果を得られなかったので、この辺で米倉宅を後にすることにした。
 米倉宅を後にすると、長田刑事は、
「僕は米倉さんは本当のことを話してないと思いましたね」
 と言っては、小さく肯いた。
 すると、門田は眼を大きく見開き、
「そうか。実は僕もそう思っていたんだよ」
 と、言っては、小さく肯いた。そして、
「どうしてそう思ったんだい?」
「そりゃ、表情が何となくぎこちなかったですからね。つまり、本当のことを話してないから、後ろめたさが表情に出てしまったのですよ」
「なる程。僕も同感だ」
「そうですよね。ですから、米倉さんは嘘をつかなければならない何かがあるんですよ。それが、今回の事件を解決する鍵だと思いますね」
「正に同感だ。しかし、白河さんにその理由を訊いても、本当のことを答えはしないさ。それ故、米倉と白河さんの関係がどのようなものかを明らかにしなければならないよ」
「でも、どうやってするのですかね?」
「まず、理子さんの友人、知人が白河さんに関して何か情報を持ってないか、捜査してみよう」
 ということになり、早速捜査してみたのだが、残念ながら、成果は得られなかった。 
 それで、米倉の前妻の美香の友人たちから話を訊いてみることにした。 
すると、成果を得られたのであった。美香の友人であった原田百合という美香と高校時代からの友人であったというその女性は、白河朋子のことを知ってると言ったのだ。
 百合は、何ら表情を変えることなく、
「白河朋子さんというのは、美香さんの友人だった人ですよ」 
と、何故そのようなことを訊くのかと言わんばかりに言った。
 そう百合に言われると、門田の表情は自ずから緊張した色を浮かべた。その証言は正に思ってもみなかったものであり、また、今後の捜査に大きな影響を及ぼすものではないかと察知したからだ。
 だが、門田は、
「それ、本当ですかね?」
 と、思わず訊き返してしまった。
 すると、百合は、
「本当ですよ」 
 と、何故そのようなことで嘘をつかなければならないのかと言わんばかりに言った。
 そんな百合に門田は、
「では、白河さんは、理子さんの夫だった米倉邦生さんのことを知ってるのでしょうね?」
「そりゃ、知ってるでしょう」
「では、白河さんは、米倉さんのことをどう思っていたのでしょうかね」
「そのようなことは私では分からないですね。そのようなことは、白河さん本人に訊いてみてはどうですかね」
 と、百合は些か笑みを見せては言った。
 そんな百合に門田は、
「で、白河さんは美香さんの友人だったとのことですが、どうして美香さんと白河さんは友人だったのでしょうかね?」
「高校時代の同級生ですよ。私もそうです。また、米倉邦夫さんもそうです。そういった関係で私達は知り合いというわけですよ。もっとも、美香さんにとって、白河さんは親友という程の関係ではなかったようですね。というのは、私は美香さんと米倉さんとの結婚式に出席しましたが、白河さんは、そうではなかったですからね」
 と、百合は淡々とした口調で言った。
「では、白河さんは今、何をしてるのですかね?」
 門田はそのことを分かっていたが、そう訊いてみた。 
 すると、百合は、
「さあ、知らないですね」
「白河さんは米倉さんが経営してるラブホテルでアルバイトをしてるそうですよ」
 と、門田が言うと、百合は、
「そうですか」
 と言っただけで、米倉と朋子との関係に関して特に情報を持ってないかのようであった。
 そんな百合に、門田は、
「では、白河さんと米倉さんとの関係はどんなものでしょうかね? 例えば、白河さんは米倉さんのことを憎く思っていたという具合ですよ」
「さあ、そのことは分からないですね。私は何ら情報を持ち合わせてはいないですから」
 そう百合は言ったものの、それに関して情報を持ってる女性が程なく見付かった。
 その女性は、百合と同じく、高校時代から美香の友人であったという橋本良子という女性であった。良子は門田に対して、
「白河さんは米倉さんに好意を抱いていましたね」
 と、いかにも軽快な口調で言った。
 そんな白河に門田は、
「どうしてそのようなことを知ってるのですかね?」
 と、いかにも興味有りげに言った。
「どうしてって、私は白河さんと結構親しかったですから、白河さんが米倉さんに好意を抱いていたことを知ってるのですよ。でも、白河さんは可愛くなかったですからね。それ故、片思いに終わってしまったそうですよ。米倉さんはハンサムでしたからね。それ故、白河さんの気を惹いたというわけですよ。
 でも、米倉さんは美香さんと結婚しましたからね。そんな美香さんのことを白河さんはとても羨ましがっていましたよ」
 と、良子は淡々とした口調で言った。
 その橋本良子がもたらした情報は、門田たちにとって意外なものであった。何故なら、門田たちは、白河朋子は米倉に好意を抱いていなかったと推察していたからだ。しかし、今の橋本良子の言葉は、門田たちの推理と正反対のものであったのだ。
 となると、どうなるのだろうか?
 朋子は米倉に好意を抱いていなかったから、米倉に不利な証言をしたと思っていたのだが、実際にはそうではなかったのだ。
 しかし、その思いをすぐに門田は取り消した。何故なら、可愛さ余って憎さが百倍という諺があるように、朋子は美香と結婚した米倉のことを憎くなったのではないだろうか? その結果、朋子は米倉に不利な証言をしたのではないだろうか?
 そう門田は推理したのだが、しかし、その推理も問題があることに早々と気付いた。というのは、何故朋子が米倉が経営してるラブホテルでアルバイトをしていたのかということだ。
 米倉は朋子が米倉に好意を抱いていたことを知ってるに違いない。それ故、そんな朋子のことを遠ざけようとするのではないのか。何しろ、米倉は既に既婚者だったのだ。それ故、そんな米倉に好意を抱く朋子は、家庭に波風を立てるような存在になるというわけだ。
 そう思うと、門田は頭を抱え込んでしまった。次から次へと、新たな推理を立てることが出来る為に、却って話がややこしくなってしまうのだ。
 果して、今回の事件は解決出来るのだろうか?

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