8

 そこで、もう一度、米倉から話を聴くことにした。米倉と白河朋子との関係を明らかにする為だ。
 米倉の前に姿を見せた門田に対して、米倉は露骨に嫌な顔を見せた。そんな米倉は、正に米倉に疑いの眼を向けている門田のことを疫病神だと言わんばかりであった。
 そんな米倉に門田は、
「もう一度、『白銀』でアルバイトをしてる白河朋子さんのことで訊きたいことがあるのですがね」
 そう門田が言うと、米倉の口からは言葉は発せられなかった。そんな米倉は、門田の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな米倉に、門田は、
「米倉さんは以前、白河さんを『白銀』で雇ったのは、アルバイトの貼り紙を見て応募して来たと言われましたが、それは間違いないですかね?」
 と、門田が言うと、米倉は、
「間違いないですよ」
 と、平然とした表情で言った。
「そうですか。で、それ以外に、米倉さんは白河さんと何か接点はないのですかね?」
 そう門田が言うと、米倉は言葉を詰まらせた。そして、なかなか言葉を発そうとはしなかった。そんな米倉は、門田の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな米倉に門田は、
「米倉さんは白河さんのことを、元々知っていたのではないですかね?」
 と、米倉の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、米倉の言葉は詰まった。
 そんな米倉を見ていると、米倉は白河朋子のことに関して、言及したくないようであった。
 そんな米倉に構わず、門田は同じ問いを繰り返した。
 すると、米倉は、
「どうしてそのようなことを訊くのですかね?」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「その点に関しては詳しくは話せませんが、今、我々は米倉さんと白河さんの関係に注目してるのですよ」
 すると、米倉は少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、
「実は、僕は白河さんのことを以前から知っていましたね」
 と、些か決まり悪そうに言った。
 すると、門田は、
「どうしてそのことをもっと早く言ってくれなかったのですかね?」
 と言っては、眉を顰めた。
「どうしてって、別にそのようなことを訊かれはしませんでしたからね。それに、白河さんがうちのホテルの外壁に貼り付けられていた貼り紙を見て応募したということは事実なんですよ。ですから、僕は事実を話しただけなんですよ」
 と、米倉はそのことが何か悪いことなのかと言わんばかりに言った。
「では、高校時代に、白河さんは米倉さんに気があったことをご存知ですかね?」 
 そう門田が言うと、米倉は、
「さあ、そのようなことは知りませんね」 
 と言っては、苦笑いした。そんな米倉は、正に門田は随分と面白いことを言う刑事だなと言わんばかりであった。
 門田はそう米倉に言われて、言葉を詰まらせてしまった。何故なら、米倉がそれを否定するなんて、想定してなかったからだ。白河朋子が米倉に気があったことを米倉が認めた上で、どのように米倉を追い詰めて行くか、その作戦しか考えていなかったのだ。それ故、そのように返答されてしまえば、それは、門田にとって言葉を詰まらせるのに十分であった。
 そんな門田を見て、米倉はにやにやした。そんな米倉の表情は、まるでつい先日、女房を亡くした男には思えない位であった。
 そんな米倉に、門田は、
「でも、僕はそのように聞いているのですがね」
 と、米倉に反論した。
「一体誰がそのようなことを言っていたのですかね?」
 米倉はむっとしたような表情で言った。
「それは答えられません。でも、高校時代の米倉さんたちの同級生とだけ言っておきましょうか」
「そうですか。でも、もしそうだとしたら、それが何か問題なのですかね?」
 そう言った米倉の表情には、笑みは見られなかった。そんな米倉は、まるで門田に挑むかのようであった。
 そう米倉に言われ、門田はその米倉の問いに答えることは出来なかった。
 そして、この辺で米倉に対する捜査を一旦中断することにした。
 米倉の返答は、門田たちの捜査を前進させることは出来なかった。
 それで、今度は白河朋子に会って、朋子から話を聴いてみることにした。
 朋子の前に再び現われた門田を見て、朋子は当惑したような表情を浮かべた。そんな朋子は、正に門田がやって来たことは意外だと言わんばかりであった。
 そんな朋子を見て、門田は朋子はブスだなと思った。米倉を見た印象としては、なかなかハンサムだと思ったのだが、朋子を見て、改めてそのように思ったというわけだ。
 そんな朋子に、門田は、
「白河さんに少し訊きたいことがあるのですかね?」
「私に訊きたいこと? それ、どんなことですかね?」
 と、朋子は怪訝そうな表情を浮かべては言った。そんな朋子は、警察から何かを訊かれるような覚えはないと言わんばかりであった。
 そんな朋子に、
「以前、白河さんが説明された防犯カメラに関することを、もう一度僕に説明してもらいたいのですよ」
 と言っては、門田は小さく肯いた。
 そう門田に言われると、朋子は怪訝そうな表情を浮かべては、
「どんなことを話しましたっけ?」
 と、おどけたような表情を浮かべては言った。そんな朋子は、そのようなことは、もうすっかり忘れてしまったと言わんばかりであった。 
 それで、門田は、「白銀」に仕掛けられた防犯カメラに、米倉とその浮気相手の女性が映っていたという件に関して言及した。
 すると、朋子は、
「ああ。そのことですか……」 
 と、再びおどけたような表情を浮かべては言った。そんな朋子は、そのようなことは大したことではないので、すっかりと忘れていたと言わんばかりであった。
 そんな朋子に門田は、
「そのことは事実なんですかね?」
 と、確認した。
「そりゃ、事実ですよ。間違ったことを話すわけにはいきませんからね」 
 そう言った朋子の表情には、笑みは見られなかった。そんな朋子は、保険金を払うか払わないかを決することになるかもしれないのに、それ故、出鱈目なことを保険会社の担当者に話すわけがないと言わんばかりであった。
「では、その場面を映したカメラの映像はまだ残っていますかね?」
 と、門田は朋子の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、朋子は、眼を大きく見開き、
「いいえ。残っていませんわ。以前も言ったように、うちのカメラの映像は、二週間しか保存されないシステムとなってますから」
「そうですか。では、白河さんは米倉さんと愛人と思われる女性が、直に『白銀』に入って来たのを眼にしたのですかね?」
「いいえ。直ではありません。カメラの録画映像を見て、知ったのですよ」 
 と、朋子は眼を大きく見開いては言った。
「そうですか。でも、白河さんは、一々、カメラの録画映像を確認したりしてるのですかね?」
「そりゃ、たまにはしますよ。時間が空いてる時がありますので、そういった時には、チェックしたりしてますからね」 
 と、朋子は説明した。
「なる程。で、それはそれとして、白河さんはどうして『白銀』でアルバイトをするようになったのですかね?」
「ですから、それは『白銀』の前にアルバイト募集の貼り紙が貼ってありましてね。それを見て、応募したところ、採用されたのですよ」
 と、朋子は淡々とした口調で言った。そんな朋子は、それが何か問題なのかと言わんばかりであった。
 そんな朋子に、門田は、
「では、白河さんの家はこの近くなのですかね?」
 と、興味ありげに言った。 
 すると、朋子は、
「一時間半位掛かりますかね」
「一時間半、ですか。結構掛かりますね。それなのに、白河さんは『白銀』でのアルバイトをするようになったのですか。それに、このようなホテルがある場所に、白河さんは頻繁に足を運んでいたのですかね?」
 そう門田に負われると、朋子の言葉は詰まった。そんな朋子は、正に今の言葉は思ってもみなかったものだと言わんばかりであった。
 だが、やがて、
「偶然ですよ。偶然、その辺りを通り掛かったところ、そのアルバイトの貼り紙を眼にしましてね。で、その当時、私はアルバイトを捜していたのですよ。それ故、その貼り紙を眼にし、応募してみたところ、採用されたというわけですよ」
 と、朋子は言っては、小さく肯いた。そして、それが何か問題なのかと言わんばかりの様を見せた。
 そんな朋子に、門田は、
「『白銀』でアルバイトをするようになった経緯は、それで全てですかね?」 
 と、朋子の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、朋子は、
「そうですよ」
 と、平然とした表情で言った。
「では、『白銀』のオーナーは、何という人ですかね?」
 そう門田が言うと、朋子の言葉は詰まった。そんな朋子は、その門田の問いは、訊かれたくない問いだと言わんばかりであった。
 そして、朋子はなかなか言葉を発そうとはしなかったので、門田は同じ問いを繰り返した。
 すると、朋子は、
「オーナーの名前まで知らないですね」
 と、渋面顔で言った。
「では、どういったことを知ってるのですかね?」
 と、門田は眉を顰めては言った。
「そりゃ、アルバイトとして採用された時に、私と話した人がいるのですよ。その人のことなら、知ってますが」
「では、その人は、何という人ですかね?」
「佐山正美という女性でしたね」
「その佐山正美さんとは、どういった人なんですかね?」
「ですから、私と同じようなアルバイトの人ですよ。その人が、アルバイトの採用を任されていたのですよ」
「そうですか。でも、今の白河さんの説明は、既に嘘だということが我々には分かってるのですよ。何故白河さんは、それに関して嘘をついたのですかね?」
 と言っては、門田は朋子の顔をまじまじと見やっては言った。そんな門田の眼はとても鋭いものであった。
 そう門田が言うと、朋子は再び言葉を詰まらせた。そんな朋子は、門田が何処まで事の真相を知ってるのか、窺ってるかのようであった。
 そんな朋子に門田は痺れを切らせたのか、眉を顰めながら、
「では、僕の方から説明しましょうか。『白銀』のオーナーは、米倉邦生という男性なんですよ。その米倉邦生さんのことを白河さんは『白銀』でアルバイトをする以前からご存知ではなかったですかね?」
「……」
「僕の問いにきちんと答えてくださいな」
 朋子が積極的に言葉を発そうとはしないので、門田はそんな姿勢を非難するかのように言った。
 すると、朋子は、
「私は何かの事件の容疑者なのですかね?」
 と、むっとした表情で言った。
「事件の容疑者とは思ってはいませんが、事件の重要参考人と我々は看做しています」
「何故、私が重要参考人と看做されてるのですかね?」
 朋子は納得が出来ないように言った。
「ですから、僕の問いに正直に答えてくれないからですよ。正直に答えてくれないということは、何か後ろ暗いものがあると僕が勘繰るのは、至極自然なことですよ。
 で、正直に答えてくれないというのは、白河さんは『白銀』オーナーが誰なのかを知ってるのですよ。何しろ、その男性は、白河さんの高校時代の同級生で、また、白河さんが好きだった男性ですからね」
「……」
「何故正直にそう言ってくれなかったのですかね? それに、白河さんを採用したのは、米倉さんであり、佐山さんではありません。そのことも米倉さんは認めてるのですよ。
 それなのに、何故そんな見え透いた嘘をついたのですかね?」
 と言っては、門田は朋子を睨み付けた。そんな門田は、見え透いた嘘をつけば、疑われて当然だと言わんばかりであった。
 そう門田に言われると、朋子は些か表情を和らげては、
「ですから、私は警察から疑われたくなかったのですよ」
 と、開き直ったような表情を浮かべては言った。
「疑われたくなかった? それ、どういうことですかね?」
 と、門田はいかにも納得が出来ないように言った。
「ですから、先日、米倉さんの奥さんが変死したじゃないですか。その事件に関して、門田さんは私から話を聴いてるのだと思います。そういった状況下に、私が米倉さんのことを以前から知ってるといえば、私が疑われるのではないかと警戒したのですよ。ですから、嘘をついたのですよ」
 と、朋子はいかにも大袈裟な身振りで言った。
「でも、後ろ暗い所がなければ、嘘をつかなくてもいいと思うのですがね」
 と、門田は渋面顔を浮かべては言った。
「ですから、私は慎重な性格なんですよ。ですから、余計なことは言わない方が良いと思い、米倉さんに関して話さなかったというというわけですよ」
 と、朋子は朋子の気持ちを分かってくれと言わんばかりに言った。
「ということは、今の白河さんの説明、つまり、佐山さんから面接を受けたとか、『白銀』のオーナーが米倉さんだということを知らなかったというのは、嘘だったというわけですね?」
「そうです」 
と、朋子はそれが嘘であったことを率直に認めた。
「では、アルバイトの貼り紙を見て、応募したというのも嘘だったのですかね?」
 すると、朋子は眼を大きく見開き、
「いいえ。それは、嘘ではありません! 私はその貼り紙を見て、『白銀』でアルバイトを始めたのです。もっとも『白銀』のオーナーが米倉さんであったことは、最初から知ってましたが」
 と、朋子は決まり悪そうに言った。
 そして、まだしばらく、門田は朋子と話をしていたのだが、結局、朋子が米倉理子の事件に関係してるという感触は得られなかった。
 白河朋子が、S生命の前川に嘘をついたと疑い、朋子が事件の関係者だと推理し、朋子から話を聴いたのだが、結局、成果を得られなかった。
 となると、白河朋子は、米倉理子の事件には、関係していないということなのか?

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