4

 岸田に対して話を聴いた結果、岸田は白なのか黒なのかの判定は、とても下すことは出来なかった。
 それで、岸田のことを長島に言及した高柳慶介から話を聞くことになった。
 長島から岸田に対しての捜査状況を耳にすると、高柳は渋面顔を浮かべては、じっとその長島の話に耳を傾けていたが、長島の話が一通り終わると、
「で、長島さんはその岸田さんの話を鵜呑みにしたのですかね?」
 と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
 すると、長島は、
「鵜呑みにはしませんよ。何しろ、岸田さんの話はまるでフィクションの中での内容ですからね」
 と、渋面顔を浮かべた。そんな長島に、高柳は、
「正にその通りですよ。その岸田さんの話は、岸田さんが作り出したフィクションの中の話ですよ」
 と、その知的な面立ちを一層知的なものに変貌させては、いかにもそうに違いないと言わんばかりに言った。
「ということは、高柳さんはやはり、早川さんを殺したのは、岸田さんだと思われてるのですかね?」
 と、長島は眉を顰めては言った。
「そりゃ、断言はしませんよ。でも、その可能性が高いとは思いますね。何しろ、轢き逃げ事件はもう三十五年も前の事件ですから、法律で犯人を処罰することは出来ません。それで、岸田さんが自らで手を下したというわけですよ」
 と、高柳は正に長島に言い聞かせるかのように言った。
 すると、長島は、
「でも、そうだとしたら、岸田さんは下手な嘘をついたものですね」
 と言っては、眉を顰めた。
「下手な嘘? それ、どういうことですかね?」
 高柳は怪訝そうな表情を浮かべた。
「つまり、早川さんの死亡推定時刻に鬼押出し園にいたというこは、岸田さんはアリバイ作りの為にそのようなことを言ったということになるのですが、何故鬼押出し園なのかということです。鬼押出し園は早川さんの遺体が見付かった琵琶池からそんなに離れてはいませんからね。
 僕が何を言いたいかというと、もしアリバイ作りの為に何処かにいたというのなら、早川さんの遺体が見付かった琵琶池からもっと離れた所にいたと言うべきではないかということですよ」
 と、長島は言っては、小さく肯いた。
 すると、高柳は、
「そこまでは考えが及ばなかったのではないですかね」
 と、決まり悪そうな表情で言った。
 その高柳の説明に、長島は特に言葉を返そうとはしなかった。だが、
「でも、やはり、もし岸田さんが犯人なら、どうやって青酸を手に入れたのか、それに関する説明もまだ出来てませんしね。それに、何故、岸田さんが、早川さんが轢き逃げ犯だと断定出来たのですかね? それが出来ないと、幾ら何でも、殺すという行為にまでは及ばないと思うのですがね」
 と、眉を顰めた。 
 すると、高柳は、
「それなんですがね。それに関して、僕は耳寄りの情報を持ってるんですよ」
 と、些か表情を堅くさせた。
「耳寄りの情報? それ、どういったものですかね?」
 長島はいかにも興味有りげな様を見せた。
「早川君から聞いた話なんですが、岸田さんは岸田さんのお母さんを轢いた可能性のある人物のリストを警察から入手し、独自で捜査を行なったそうです。つまり、警察の捜査では、花代さんを轢いた可能性のある車は、シルバーのカローラだということまで突き止めたわけですが、そのカローラの持ち主は数多かったわけですから、結局、犯人の特定には至らなかったわけですよ。
 ところが、ひょんなことから、岸田さんはその犯人が誰なのかという感触を得てしまったのです。
というのは、岸田さんは妙な手紙を最近もらったのですよ。
 その妙な手紙とは、警察は三十五年前に早川さんたちが花代さんを轢き逃げした可能性のある者が住んでいた周辺の自動車修理工場に聞き込みを行なって、早川さんたちのカローラが修理に出されなかったかの問い合わせをしたのですよ。轢き逃げを行なった車は必ず修理に出すと思われますからね。でも、警察や岸田さんが欲していた返答は得られませんでした。
 それで、警察の犯人探しは諦めざるを得なくなってしまったのですが、最近になって、岸田さんが欲していたような手紙を岸田さんはある者から入手してしまったのですよ」
「つまり、三十五年前に警察が聞き込みを行なった自動車修理業者の関係者からの手紙ですかね?」
「正にそうなんですよ。その手紙を岸田さんに出したのが仮に田中さんとすると、田中さんは妙なことに関わりを持ちたくなかったので、その当時は早川さんが早川さんのカローラを修理に出したにもかかわらず、その旨を警察や岸田さんに話さなかったというわけですよ。
 だが、その田中さんは最近になって自らの行為を恥じ、また、岸田さんに申し訳ないという思いに打ち勝つことが出来ずに、事の次第を岸田さんに打ち明けたのです。そして、それによって、岸田さんは実母である花代さんを轢き逃げによって死に至らしめたのが誰だが知るに至ったというわけですよ。僕はそう早川君から聞かされたのですよ」
 と、高柳は正に真剣な表情を浮べては、長島に言い聞かせるかのように言った。そんな高柳は、正に三十五年前から闇に埋もれていた事件の真相を警察に告白するという事の重大さに直面し、甚だ緊張してるかのようであった。
 そんな高柳の気迫に押され、長島も高柳の今の告白に疑いの思いを挟む余地などさらさらない位であった。
 そんな長島の様を眼にして、高柳は些か満足そうに肯き、そして、更に話を続けた。
「で、早川さんの死の真相は今の説明で凡そ察知出来ると思います」
 と言っては、些か満足そうに肯いた。
「つまり、岸田さんが、お母さんの復讐の為に早川さんを殺したということですかね?」
「そうです。そうに違いありません!」
 と、高柳は声高らかに言った。そんな高柳は、自らの朋友であった早川を殺した岸田に強い怒りをぶつけてるかのようであった。
 そんな高柳に、
「ちょっと待ってくださいな」
 と、高柳を制した。
 それで、高柳の言葉は詰まった。そんな高柳は次の長島の言葉を待った。
「岸田さんが殺したというよりも、早川さんが自殺したというケースも想定出来ると思うのですがね」
 と、高柳をまじまじと見やっては言った。そんな長島は、正にその可能性は十分にあると言わんばかりであった。
 そう長島に言われ、高柳は、
「自殺ですか……」
 と、呟くように言った。
「そうです。自殺です。何しろ、早川さんは今やK病院の内科部長の役職に就いています。そんな早川さんが学生時代に轢き逃げ事件を起こし、相手を死亡させてはその轢き逃げ事件を闇に葬っていたということが表面化すれば、どうなりますかね? それこそ、正に早川さんにとって一大事となってしまいます。K病院を辞職に追い込まれることは無論、家族にも迷惑が及ぶことは必至です。お宅のご主人は轢き逃げ犯だと言われ、また、子供はお前の親父は轢き逃げ犯だと、非難されることでしょう。そんな辛い思いをさせる位なら一層真相を闇に葬ったまま、死んでやろうという思いを抱いても不思議ではありません。また、早川さんなら、青酸を容易く入手出来るでしょうからね。それ故、早川さんが自殺したという可能性は十分にあると思います」
 と、長島は言っては、力強く肯いた。そんな長島は、岸田が殺したというより、自殺の方が遥かに可能性はありそうだと言わんばかりであった。
 そう長島が言うと、高柳は、
「そう言われてみれば、その可能性はありそうですね」
 と、些か顔を赤らめては、決まり悪そうな表情を浮かべた。そんな高柳は今までに早川が自殺したというケースは想定したことはなかったと言わんばかりであった。
 そんな高柳を見て、長島は小さく肯き、そして、
「でも、その推理に対する証明は出来てませんからね」
 と、眉を顰めた。
「……」
「で、岸田さんが殺したという推理では、岸田さんは妙な手紙によって呼び出され、早川さんの死亡推定時刻に早川さんの遺体が発見された琵琶池から然程離れていない所である鬼押出し園にいたことは認めていますが、早川さんを殺したことや、また、花代さんを轢き逃げしたのが早川さんであったということは、認めてないのですね」
 と、長島は憮然とした表情を浮かべては言った。長島は、岸田がそのことを認めなければ、早川の死を自殺だとは断定出来ないと言わんばかりであった。
 そう長島に言われると、高柳は、
「僕は、そのことを岸田さんは認めないと思いますね」
 と、いかにも険しい表情を浮かべては言った。
「それに、自殺したという証明もむずかしいと思います」
「では、岸田さんの車を修理したという田中さんを見付け出すことは出来ないですかね?」
「それも困難だと思います。何しろ、田中さんはその秘密を三十五年間も封印して来たのですよ。それを今になって田中さんは話したのです。そんな田中さんのことが公になれば、田中さんは社会から指弾を受けるのは必至ですよ。それ故、田中さんが何処の誰なのかは明らかになる可能性は小さいと思いますね。また、早川君も、その人物が何処の誰だか分からないと言ってましたからね」
 と、高柳は長島に言い聞かせるかのように言った。
 高柳はそう言ったものの、長島はその点を今度は明らかにしてみようとした。

「僕は早川さんを殺してませんよ。それに、そのような手紙は受取っていませんよ」
 長島から、三十五年前に自動車修理工場で働いていた田中(仮名)という人物から、三十五年前に早川の車を修理したという事実を打ち明けられ、それに基づいて、早川に詰め寄ったのではないかと、長島から言われ、岸田は即座にそう反論したのだ。
 そう岸田に言われ、長島は戸惑った表情を浮かべた。
 というのは、そう岸田が言ったことで、岸田か高柳のどちらかが嘘をついたということになるからだ。
 果して、どちらが嘘をついたのだろうか?

目次   次に進む