1 死体発見
正に、赤、黄、青、橙色とかいった眩いネオンが煌めくすすきのには、凡そ四千軒もの飲食店が犇めき、〝東京以北最大の歓楽街〟に譬えられてるが、その言葉には偽りはない。この煌めくネオンを眼にすれば、正に東京の銀座、新宿、渋谷といった繁華街を彷彿させるというものだ。
そのすすきのの通りを歩いてる働き盛りの男性諸氏は、少なからずソープとかいった風俗店の客引きに声を掛けられたりすることであろう。
それらの客引きの中には、ぼったくり店の者もいて、すすきのの入口には、客引きの被害に遭わないように、警察が掲示板で注意を促している。
しかし、毎年、客引きによる被害は絶えないそうである。
そして、今回の事件は、その客引きが関係してるのではないかという情報が警察に寄せられたのである。
では、今回の事件がどのようなものであったのかをまず説明しておくことにしよう。
札幌市内を流れる豊平川の河原で、中年の男性の遺体が発見された。その男性の遺体を発見したのは、男性の遺体が発見された河原近くの橋を、自転車を使って中央区内の会社に向かっていた里中明夫(42)であった。
里中は通勤時にいつもその橋を自転車で渡ってるのだが、その橋を三分の一程渡り掛けた時に、ふと左側に眼を向けてみると、その男性が河原でうつ伏せになって横たわっているのを眼に留めたのである。
この橋を通勤で渡るようになって五年になる里中は、このような光景を眼に留めるのは、初めてであった。そして、それは、ただ事とは思われない光景であった。
それで、里中はとにかく河原に降りて、その男性の許に行っては、様子を見てみることにした。
里中は、まず男性の肩を揺り動かしてみた。
だが、反応はなかった。
それで、顔をそっと覗き込んでみたのだが、男性の表情は、とても生きてるようには見えなかった。
また、男性の手に触れてみたのだが、体温は感じられなかった。
〈死んでいる〉
里中はそう察知した。
それで、里中は躊躇わずに110番通報したのであった。
里中からの通報を受け、道警の小早川警部(50)ら三人が、直ちに現場に急行した。小早川たちが里中から通報を受け現場に着くのに、十分程掛かったが、里中は橋の上で、警官が着くのをじっと待っていた。
このままでは、遅刻するのは眼に見えていたが、それは致し方ないというものだ。
それはともかく、パトカーが着き、小早川たちが里中の前に姿を見せると、里中は男性のことを指で示した。
すると、小早川たち三人の警官は、堤防に造られた階段を早々と降りて行き、河原に横たわってる男性の許へと駆け寄った。
そして、早々と男性が既に魂切れていることを確認した。
その男性は紺色のズボンと、灰色のジャンパーを着ていた。また、中肉中背の身体付きであった。また、なかなかの美男子のようにも見受けられた。
小早川は、
「仏さんは、どうやら絞殺されたみたいだな」
と言っては、眉を顰めた。というのは、男性の首の周りには、ロープのようなもので絞められたような鬱血痕があったからだ。
やがて、男性の遺体は、市内のS病院に運ばれて行き、小早川は里中から里中が男性の遺体を発見した時の経緯を確認すると、他の刑事たちと共に、一旦、中央署に戻ることにした。
そして、男性の死を小早川が捜査することに決まった。
男性は身元を証明するものは、何ら所持はしてなかった。
だが、男性の死が、今日の夕刊とかTVで報道される為に、男性に関して何らかの情報が寄せられることであろう。
と、小早川は思っていたのだが、その日は男性の身元が証明されることはなかった。
だが、翌日の朝、有力な情報が寄せられた。
その情報を警察に寄せたのは、市内にあるNホテルのフロントマンで、一昨日、Nホテルにチェックインした男性が、室に荷物を置いたまま、まだチェックアウトしてなく、また、その男性の年齢とか身体付き、それに、男性が着ていた服装が、新聞で報道されたものと似ていたので、そのフロントマンが警察に連絡して来たというわけだ。
それで、小早川はそのフロントマンに、その男性の死顔の写真を見てもらった。
すると、そのフロントマン、即ち高木正夫(33)は、
「確かに似てますね」
それで、小早川は早速、その行方不明となってると思われる男性の宿泊カードに書かれていた連絡先に電話をしてみた。
すると、女性が電話に出た。
「持田さんですか」
―そうですが。
そう言われたので、小早川は自らの身分を名乗った。そして、
「そちらに、持田春雄という方がおられますかね?」
―いますよ。それは、私の主人なんですが。
「そうですか。で、ご主人は今、どちらにおられますかね?」
と、小早川はとにかくそう訊いてみた。
すると、明美は、
―主人は今、札幌にいる筈なんですが。で、昨日、戻って来る筈だったのですが……。
と、何となく気落ちしたような声で言った。北海道の警察から電話が掛かって来たことを受けて、明美は不吉なものを感じたのかもしれない。
「で、ご主人の身体付きは、どんなものですかね?」
―身長は170センチで体重は六十キロ位ですね。
そう言われ、小早川は渋面を作った。何故なら、豊平川の河原で遺体で発見された男性の身体付きも、それ位であったからだ。
「で、ご主人は、紺色のズボンと灰色のジャンパーを着てこちらに来られなかったですかね?」
すると、明美は、
―ええ。そのような服装だったと思います。
そう明美に言われ、小早川は一層渋面顔を浮かべた。どうやら、件の男性は、小早川が今、電話で話をしてる明美の夫であったようだからだ。
「で、ご主人はどうして札幌に来られたのですかね?」
持田の死のことはまだ話さずに、小早川はそう言った。
―単なる旅行です。
「そうですか。で、ご主人は、昨日からまだ何も連絡して来ないのですかね?」
―そうです。一体どうしたのかと、思ってるのですがね。
と、明美は渋面顔で言った。
「そうですか。実は言いにくいことなんですがね」
と、小早川は言っては、昨日、豊平川で発見された男性のことを明美に説明した。
すると、明美は、
―そんな!
と、引き攣ったような声を発した。
そんな明美に、
「まだ、ご主人だとは断定は出来ないのですがね。でも、奥さんからの話を聞いて、その可能性は充分にあると思われるのですよ」
と、小早川は再び言いにくそうに言った。そして、明美に札幌に来ては、その男性の遺体を眼にしてもらうことになったのだ。