3 容疑者浮上

 岡崎刑事からの電話を受けて、宝田は午後四時に中島公園で話をすると言ったので、岡崎刑事は午後四時に中島公園の指定場所で、宝田と会うことになった。
 制服姿の岡崎刑事を眼にすると、宝田は岡崎刑事に軽く会釈をした。岡崎刑事は宝田とは初対面ではあったが、宝田のことはすぐに分かった。何しろ、宝田はベレー帽を被ってキャンバスに向かっていたのだから、その人物が宝田と分からないわけはないという次第だ。
 そんな宝田に対して、岡崎刑事は、
「この前は情報提供してくださって、ありがとうございました」
 と、礼を述べてから、
「で、三日前に宝田さんが似顔絵を描いたのに、お金を払おうとはせずに、宝田さんと喧嘩になったと男性が、一昨日、豊平川の河原で絞殺体で発見された持田春雄さんだと思われるのですがね」
 と、岡崎刑事が言うと、宝田は渋面顔を浮かべては、
「そうですか」
 と、呟くように言った。
 そんな宝田に岡崎刑事は、
「で、宝田さんとその男性が言い争っていた時に、そんな宝田さんたちのことをじっと眼にしていた暴走族風の若者たちがいたとか」
「そうでしたね」
 と、宝田は言っては、小さく肯いた。
「で、その若者たちは、暴走族に間違いないのですかね?」
「間違いないとは断言はしませんよ。でも、革ジャンを着て、黒いブーツをはいてましたからね。それに、ヘルメットを手にし、また、髪にポマードを付けてましたから、普通の若者とは違いますよ。大型バイクを乗り回し、暴走運転をやってるような奴らだと、僕は思ったのですよ」
 と、宝田はまるで岡崎刑事に言い聞かせるかのように言った。
「成程。で、宝田さんはその若者たちの顔を覚えてるとか」
「ああ。覚えてますよ。時々、中島公園にやって来ますからね」
「そうですか。で、その若者たちは四人いたのですね?」
「そうです」
「その若者たちは、そのお客さんが宝田さんに似顔絵を描いてもらったのに、似てないとか言って、お金を払わなかったことを知ってるのですね?」
「知ってると、思いますね。何しろ、僕たちの遣り取りを傍らで眼にしていたわけですから」
「では、宝田さんはその若者たちの名前とか連絡先なんかは、分からないですかね?」
「そこまでは分からないですね」
 と、宝田は決まり悪そうに言った。
「では、その男性が先程説明した豊平川で他殺体で発見された持田さんだったとしたら、犯人はその若者たちである可能性はあると、宝田さんは思いますかね?」
「それは、何とも言えないですね。でも、暴走族が死傷事件を起こしたことは、今までに何度もありますからね。ですから、可能性はあると思いますね」
「では、宝田さんは、その暴走族の写真を眼にすれば、その人物が宝田さんとその男性とのいざこざを眼にしていた人物だと証言出来ますかね?」
「そりゃ、出来ますよ。僕はその者たちを度々眼にしてますからね」
 そう宝田に言われたので、岡崎刑事は札幌周辺で活動してる暴走族の顔写真を入手し、その顔写真を宝田に見てもらうことにした。
 宝田は、その百枚以上ある顔写真をしげしげと見やっていたが、やがて、二枚の写真を選び出しては、
「僕とその男性のいざこざを眼にしていた暴走族風の若者は、この二人に似ていますね」
 と、眉を顰めては言った。
「では、残りの二人はこの写真の中には、見当たりませんかね?」
「見当たらないようですね」
 と、宝田も眉を顰めては言った。
 宝田が選び出した二人とは、海老原強(20)と原田文夫(20)という暴走族の男であった。二人は現在、〝青鬼マシーン〟という名前の暴走族に属していて、二年前に旭川を中心に活動してる暴走族と喧嘩をし、二人はその時に逮捕されたのである。
 だが、二人は今、札幌にある自動車整備工場で働いてるとのことだ。
 そんな海老原と原田に対して、小早川はまず海老原から捜査してみることにした。
 小早川は海老原が働いてるという自動車整備工場を訪ね、海老原を呼び出してもらった。
 すると、程なく海老原が姿を見せた。
 そんな海老原は中肉中背ではあったが、髪をオールバックにしては、人相は不良じみていた。そんな海老原は、確かに暴走族を思わせる雰囲気を漂わせていた。
 海老原は油で汚れた繋ぎの作業服を身に付けていた。そんな海老原を眼にすると、仕事は真面目にやってるように見受けられた。
 そんな海老原に、私服姿の小早川は、警察手帳を見せ、自らの身分を名乗った。
 すると、海老原は、幾分か表情を強張らせたかのようであった。
 そんな海老原に、小早川は、
「何故僕が海老原君に話を聴きに来たか、分かるかね?」
 と、海老原をまじまじと見やっては言った。
 すると、海老原は、
「分からないですね。僕は何も悪いことをやってませんからね」
 と、些か不満そうに言った。
「でも、海老原君は十月十二日の午後七時半頃、中島公園に来ていたよね」
「そう言われてみれば、そうだったかな。しかし、刑事さんはどうしてそのことを知ってるんだい?」
 海老原は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 小早川はその海老原の問いには答えずに、
「海老原君たちは四人で、その時、中島公園に来ていたよね」
「ああ」
 海老原は再び怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 すると、小早川は小さく肯き、そして、
「で、その時、海老原君たちは年配の似顔絵描きと、お客さんがいざこざを起こしていたのを眼にしていたよな」
 と言っては、小早川は冷ややかな眼差しを海老原に向けた。
 すると、海老原の表情は一瞬、蒼褪めたが、すぐに元の表情に戻すと、
「そう言えば、そんなこともあったかな。でも、刑事さんは何故そのことを知ってるのかな」
 と、些か納得が出来ないかのように言った。
「そりゃ、我々は地獄耳だからな。 で、海老原君は何故僕がこのようなことを言うのか、分かるかい?」
 と、海老原の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、海老原は、
「分からないですね」
 と、眉を顰めた。
「じゃ、海老原君たちは、その似顔絵描きと客がいざこざを起こしたのを眼にした後、どうしたのかな」
「どうしたって、別にどうもしないですよ」
 と、海老原は素っ気なく言った。
「でも、その場面を眼にした後、中島公園を後にしたんだろ?」
「そりゃ、しましたよ」
「それから、どうしたのかと訊いてるんだが」
 と、小早川は何となく小早川の問いに海老原が真面目に答えようとしないと察知したのか、幾分か声を荒げて言った。
 すると、海老原は、
「僕はどうしてこのような質問をされなければならないのですかね? 僕が何か悪いことをやったとでも言うのですかね?」
 そんな海老原に小早川は、その海老原の問いに答えずに、
「海老原君たちが眼にしていた似顔絵描きの爺さんといざこざを起こしていたお客さんが、その後、すぐに何者かに殺され、その遺体が翌朝、豊平川の河原で見付かったんだよ。そういった事件があったんだよ」
 と、海老原に言い聞かせるかのように言った。 
 すると、小早川は、
「そうですか」
 と、特に関心がなさそうに、素っ気なく言った。
 そんな海老原に小早川は、
「その事件に関して、海老原君は何か心当りないかと思い、こうやって海老原君に話を聴いてるんだけど」
 と、冷ややかな視線を海老原に投げた。そんな小早川は、正に海老原が犯人だと疑ってるかのようであった。
 すると、海老原は、
「まるでないですね」
 と、再び素っ気なく言った。
 それで、小早川はこの時点でとにかく、持田の死亡推定時刻の海老原のアリバイを確認してみた。
 すると、海老原は、
「その頃は、札幌市内で仲間とバイクを乗り回していたさ」
 と言っては、にやっとした。
 そんな海老原は、正に小早川がその男性の事件で海老原のことを疑ってるということを認識しているようであった。しかし、バイクを乗り回していたじゃ、正に小早川は海老原を追い詰めることは出来ない。
そう理解し、海老原は思わず、小早川に嘲りの笑みを投げたかのようであった。
 海老原には前科があり、また、アリバイが曖昧だというだけで、海老原を持田殺しの疑いで逮捕するわけにはいかないであろう。
 それ故、小早川はこの時点で海老原への捜査を一旦終えるしかなかった。
 この結果を受け、岡崎刑事は、
「こんな筈ではなかったんだが」
 と、意気消沈したように言った。
「暴走族で前科者というだけで、犯人扱いしちゃ駄目だよ」
 と、村木刑事はしてやったりと言わんばかりに言った。何しろ、村木刑事は、犯人はすすきののソープの関係者だと睨んでいたのだ。それ故、岡崎刑事が主張した暴走族が犯人であるという可能性が遠のいたことを目の当たりにして、些か機嫌が良かったのである。
 そして、改めて村木刑事の推理を小早川に語った。
 すると、小早川は、
「暴走族が関係ないとなると、持田さんはやはり客引きにソープに連れて行かれ、法外なお金を請求されてしまい、トラブルとなり、殺されてしまったというわけか」
 と、呟くように言った。小早川としては、可能性としては小さいとは思っていたが、他に有力な動機がなければ、そうなるかもしれないとも思った。
 そんな小早川に、村木刑事は、
「いや。事はもっと複雑ではなかったのでしょうか。つまり、持田さんは中島公園で絵描きと言い争いをやっています。つまり、その時、持田さんはかなり気が立っていたのですよ。そんな折に法外なお金を請求されてしまったので、思わず従業員を殴ったりしてしまったのではないでしょうか。その為に、反撃されてしまい、死んでしまったというわけですよ」 
 と、これが、事の真相だと言わんばかりに言った。
 そう村木刑事に言われ、小早川は、
「成程」 
 と言っては、小さく肯いた。確かにその可能性はありそうであったからだ。
 とはいうものの、
「だが、それを証明するのはむずかしいぞ」
 と、渋面顔で言った。何しろ、犯行はソープ内の密室で行なわれたと思われるからだ。
 そう小早川に言われると、村木刑事も渋面顔を浮かべた。確かに、小早川が言ったことは、もっともなことであったからだ。
 何しろ、ソープの従業員が簡単に口を割る筈はないからだ。唯一の期待としては、犯行仲間が仲間割れをし、警察に密告でもしてくれることだが、その可能性は小さいというものであろう。
 それで、小早川たちの間で少しの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、小早川は、
「とにかく、客引きが関係してそうな風俗店を捜査してみよう。ひょっとして、何か手掛かりを摑めるかもしれないからな」
 ということになり、小早川たちは客引きを使ってる風俗店を洗い出し、その従業員に聞き込みを行なってみることにした。
 そして、その捜査は三日間掛かったのだが、予想通り、成果はなかった。客引きを使ってるソープとかいった風俗店の従業員の誰もかれもが、持田の死に心当りないと証言したからだ。
 また、その捜査と共に、持田の遺体が見付かった豊平川周辺に立て看板を立て、市民から情報提供を呼び掛けているのだが、そちらの方も何ら成果は得られていなかった。
 その結果を受けて、小早川は、
「困ったな」
 と、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべては言った。また、村木刑事も同様の表情を浮かべた。
 そんな村木刑事を眼にして、岡崎刑事は、
「そらみろ! すすきのの風俗関係者だからといって、人殺しをするとは限らないさ」
 と、些か勝ち誇ったように言った。それは、まるで岡崎刑事の推理をけなした村木刑事に対する反発であるかのようであった。
 そんな岡崎刑事に村木刑事は、
「だから、簡単に口を割る筈はないというわけさ。だから、奴らを追い詰める証拠を摑まなければならないのさ」
 と、悔しそうに言った。
「だったら、これからどうやって、すすきのの風俗店を捜査するんだい? この三日間、出来ることはやったじゃないか!」
 と、岡崎刑事。
 岡崎刑事にそう言われると、村木刑事は言葉を詰まらせた。確かに、岡崎刑事の言う通りであったからだ。
 そして、しばらく小早川たちの間で沈黙の時間が流れたが、やがて、小早川は、
「今まで持田さんが偶然に事件に巻き込まれたというケースしか考えていなかったが、今度は持田さん自身が狙われたというケースに関して捜査してみようと思うんだよ」
 と言っては、小さく肯いた。
「持田さんが意図的に狙われたということですか」
 岡崎刑事は呟くように言った。
「ああ。そうだ。持田さんを恨んでるような人物が元々いて、持田さんが札幌に来たのをチャンスとばかりに、隙を見ては殺したというわけさ」
「そのケースは確かに今まで捜査してなかったですね。となると、持田さんの友人、知人たちに聞き込みを行なわなければなりませんね」
 と、岡崎刑事。
「ああ。そうだ。それ故、警視庁に捜査協力を依頼し、持田さんのことを調べてもらおう」

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