9 事件解決

 小早川は宝田が十月十二日の夜、「パラパラ」の店内で目撃されてるということや、田代が宝田と知人関係にあるということや、持田の父親が、宝田の恋人を奪った為に、宝田が持田の父親に強い恨みを抱いてるということを話した。
 すると、宝田は小早川から眼を逸らせては、何も言おうとはしなかったが、やがて、小早川に眼を向けては、
「もう、そんなことまで、調べ出したのですかね?」
「そうです。我々はもうここまで調べ出しました。そして、持田春雄さんの事件もほぼ解決出来たと思ってるのですよ。
 で、単刀直入に言うと、持田春雄さんは宝田さんの指示により、『パラパラ』のボーイの田代と矢野によって、『パラパラ』内で殺されたのです。もっとも、田代と矢野が直接に手を下したというより、田代と矢野の証言通り、持田さんは氷を踏み台にして、ロープに首を巻かれ、氷が解けるに従って持田さんは宙ぶらりんとなり、やがて、首をロープで絞められてしまい、息絶えてしまったのでしょう。そして、そうするようにと田代と矢野に指示を出したのは、宝田さんだったというわけですよ」
 と、小早川は力強い口調で言っては、大きく肯いた。そんな小早川は、正に真相はこうだと言わんばかりであった。
 そう小早川に言われると、宝田は俯き、言葉を発そうとはしなかったが、やがて、小早川を見やっては意を決したような表情を浮かべては、
「刑事さんは、僕を逮捕するつもりですかね?」
「無論、そうするつもりですよ。これだけ証拠が揃っていれば、宝田さんの逮捕せざるを得ないでしょうね」
 と、小早川は言っては、唇を歪めた。
 すると、宝田は眼を大きく見開き、
「しかし、刑事さんが入手した証拠は、状況証拠ばかりじゃないですか! 僕がそのようなことをやってないと主張すれば、僕を有罪には持ち込めないですよ。日本の裁判官は、いい加減ではないですからね」
 と言っては、薄らと笑みを浮かべた。その笑みは、何となく小早川を嘲ってるかのようであった。
 宝田の捜査状況はそんな状況だったのだが、田代と矢野は、徐々に真相を話し始めた。今のままでは、殺人罪で起訴され、長期間、刑務所暮らしを余儀なく強いられると小早川に言われ、また、田代と矢野が持田を殺した可能性があると宝田が言ったと、小早川が嘘を言ったので、真相を話す気になったみたいだ。
「だから、以前言ったこと、つまり、ぶ厚い氷を踏み台にして持田さんは首にロープを巻き、氷が解け始めると宙ぶらりんとなってしまい、その結果、持田さんは首を絞められ、死んでしまったというのは、事実なんだ。睡眠薬を飲んだというのも、事実なんだ。但し、飲む量が少なかった為に、宙ぶらりんになった時は、持田さんは眼が覚めてしまったんだ。その結果、持田さんはかなり苦しんだよ。
 そして、そうするようにと俺たちに命令したのは、刑事さんが言ったように、確かに宝田さんだったんだよ。もっとも、宝田さんは持田さんを殺せと言いはしなかった。持田さんが自殺したがってるからと言ったんだ。そして、その手伝いをし、小遣い稼ぎをやってみてはどうかと言ったんだよ。それで、俺たちは、持田さんが飲んだウーロン茶に睡眠薬を入れ、持田さんが眠ってる間に、持田さんの首にロープをぐるぐる巻いたり、氷の準備をやったというわけさ。
 で、持田さんが宙ぶらりんとなり、眼が覚めた時に、宝田さんは何度も持田さんに罵声を浴びせてましたね。『お前は親父と共に地獄に堕ちろ!』という具合にね。
 そんな宝田さんを見て、宝田さんの言葉、即ち、持田さんは自殺したがってるというのは、嘘だと思いましたね。そう思いましたが、矢は既に放たれてしまった為に、もう後戻り出来まなかったのですよ。
 で、持田さんはそんな宝田さんの方を恨めしげに見入ってましたよ。
 これが、事件の真相なんですよ。
 でも、俺たちはまさか逮捕されるとは思ってなかったですよ。宝田さんは絶対に逮捕されないと言ってましたからね。
 でも、宝田さんは無関係で、俺たちが勝手に殺ったと宝田さんが言ったのなら、俺たちは本当のことを話さざるを得ないですよ」
 と、矢野は決まり悪そうに言った。
 その矢野の証言を受けて、宝田を持田殺しの疑いで逮捕出来ると思った。
 そんな折に、宝田は何と宝田宅で首を吊り、自殺してしまったのだ。
 それは、正に小早川たちの油断であった。小早川たちは、宝田がまさか自殺するなんて、まるで思わなかったのである。
 そんな宝田は、遺書を遺していた。
 その遺書の内容をこれから具に記しはしないが、その内容はほぼ、小早川たちの推理通りであった。つまり、宝田は「パラパラ」内で、田代と矢野に協力をしてもらい、持田を殺したというわけである。
 そして、宝田の遺書で後、記しておかなければならないことは、宝田は十月十二日の夜、中島公園で似顔絵描きの仕事をやってる時に、偶然に持田と顔を合わせてしまった。
 持田は宝田のことを覚えていて、宝田に似顔絵を描いてもらいながら、自らの落ちぶれた境遇、即ち、会社からリストラされてしまい、収入の道は途絶え、女房からは毎日のように詰られてるということを話した。また、持田は今、鞄に大金を持っているが、使うつもりはないと言った。何故、そのようなことをやってるかというと、それは、まるで会社の社長になったような気分になることが出来るからだと言った。また、その大金の中の少しをみちるの慰謝料として宝田に払うとも言った。
 だが、宝田はそれを断った。
 すると、二人は言い争いになった。そして、この時の場面を暴走族の海老原たちが見ていたというわけだ。
 で、この時のことを、宝田が何故、わざわざ警察に話したかというと、海老原たち以外にも、数人の市民がこの時の場面を眼にしていて、宝田はその市民が、宝田と持田の言い争いのことを警察に届けるのではないかと思ったのだ。それで、その先を行き、宝田が持田の死には無関係と警察に思わせようとしたというわけだ。警察とて、まさか、持田と思われる人物のことを届け出た宝田が、持田殺しの犯人だとは思わないだろうと、宝田は思ったというわけである。
 それはともかく、持田はやがて、宝田の許を去って行った。
 それで、宝田は持田のことを密かに尾けた。 
 すると、持田がすすきのにまで行っては、ソープの客引きによって、「パラパラ」というソープに入った。
「パラパラ」に入ったのは、まるでみちるの霊が宝田にチャンスを与えてくれたと、宝田は自覚した。というのは、「パラパラ」には宝田の教え子の矢野という男の息子がボーイとして働いていて、その関係で宝田は「パラパラ」で五回程、お遊びをしたことがあったのだ。
 それで、宝田は持田が自殺したがってるから、その手助けをしてやってくれと言っては、件の手段を実行させようとし、金に困っていた矢野たちは、あっさりと宝田のその依頼に応じたのである。そして、その手法は、矢野たちの証言通りであったというわけだ。
 因みに、持田が持っていた一千万は、無論、田代と矢野が山分けしたというわけだ。

目次   次に進む