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バスはやがて、終点に着いた。ここからは、登山口まで歩いて行くのだ。
雄一郎はザックを背負い、とことこと歩き出した。だが、初夏ということもあり、もう汗ばみを背中に感じた。まだ、登山口にまで来てないというのにである。
今日は晴天であり、太陽が燦々と照りつけている。その為に、最低気温は昨日より、三度も上昇してるのだ。この分だと、最高気温も、昨日よりかなり上周りそうだ。
とはいうものの、登山口までは木陰になっていて、太陽に直に晒されることはなかった。そうでなければ、もっと汗を掻いたであろう。
それはともかく、登山口の前まで来ると、雄一郎は「フーッ」と大きく息を吸い込み、そして、登山口に入った。
すると、自ずから足腰に力が入った。やはり、平坦な道を歩くのとは、勝手が違うというものだ。
そして、五分程、進んだのだが、不思議にもさ程、汗は掻かなかった。
それは、太陽が登山道までは降り注がない為に、思っていた以上に、辺りの気温が低いのが原因のようだ。登山道の中は、かなり涼しいのだ。
また、登山道には、木の根っこがうまい具合に滑り止めの役割を果していた為に、それが登山を楽なものにしていた。それが無ければ、何度も滑り、雄一郎のズボンは赤土で汚れなければならなかったであろう。
それはともかく、黙々と、また、脇目を振らずに登りを進めた為か、思ってた以上に早く、中腹にまでやって来たようだった。
それで、雄一郎はこの辺で一休みすることにした。というのも、丁度椅子替わりに出来そうな岩が近くにあったからだ。
辺りは、正に山の中であった。幹の太い大木が、辺りに林立している。
雄一郎はザッグからタオルを取り出しては、額の汗を拭きとり、またこの辺でシャツの着替えをすることにした。気温は地上よりはかなり低そうだが、これだけ力を入れて登って来れば、全身、汗だくというものであろう。また、丁度、辺りには、誰もいない。それ故、今が着替えのチャンスというものだ。
そして、着替えを終えた雄一郎は、やはり、山登りはしんどいものだと痛感した。足は張り詰めて来るし、汗はだらだらと流れて来る。
やっとの思いで、ここまで来たが、途中、何度も戻ろうかと思った位だ。山登りなんて、やらなければよかったと思う位だった。
雄一郎はその時、家で寛いでる雄一郎自身のことを思い出した。それは、何と平和なことであろう。
それに対して、今は何と苦しいことだろう。
しかし、ここでへこたれてはならない。とにかく、頂上まで登ることを決意していたのだから。
そう思いながら、雄一郎は更に後少し休もうとしていたのだが、その頃、雄一郎がここに着くのに遅れて十分程経った頃、四人の若いグループがやって来た。そして、雄一郎が岩の上に腰を降ろし、休憩してるのを見て、一人の男が、
「俺たちも休憩しようぜ」
確かに、この辺りには、腰を降ろし、休憩出来そうな岩が少なからずあったのだ。更に木々のない空間が少し拡がっていたのだ。
その男の言葉と共に、四人はそれぞれ、手頃な岩に腰を降ろした。
すると、一人の男がザックからラジカセを取り出しては、何と音楽を流し始めたのだ。それも、ビートの利いたロック調の音楽を!
それを受けて、雄一郎は忽ち、不快な気分に襲われた。
それに対して、若者たちは、そのビートの利いた音楽に酔いしれてるようだ。男の一人は、その音楽のリズムに呼応するかのように、上半身を動かし、ハミングしてるかのようだった。
雄一郎は、この時、何故、このような場所で、ラジカセを鳴らさなければならないのかと、強い腹立ちを感じた。
山の中には、自然というBGMがあるではないか! 鳥たちの囀り、清流の響きといったのものが。
もっとも、この場所で、そのどちらをも耳にすることは出来なかった。正に、静寂そのものであった。何の音も聞こえない静寂そのものの世界であったのだ。
しかし、この静寂さは、登山者たちが登山をする目的の重要な要素の一つに違いないのだ。その重要な目的を若者たちは、蹂躙してるのだ!
そう思うと、雄一郎はもうこのような若者たちに付き合わされるのは真っ平と思い、この辺で、この場を後にした。