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 下田の中心街から少し石廊崎の方に国道136号線を南下し、左折すると、そこに多々戸浜はある。
 多々戸浜という名前は然程有名ではないが、サーファーたちにとってみれば、絶好のサーフポイントとして有名である。白砂の浜にコバルトブルーの海。そして、遥か向こうには神津島を望見出来、正に爽快なサーフインを楽しめるというものだ。それ故、朝早くからサーフイン愛好家がサーフインに興じるのである。
 そして、今日も、午前七時にもならないというのに、一人のサーファーが、多々戸浜に姿を見せていた。その男性は、岡山久光という二十八歳の東京都内に住んでいる会社員で、この度、二日間の休暇が取れたので、昨日、多々戸浜近くのペンションに夜遅く着き、そして、今朝サーフインをする為に、朝早く、多々戸浜にやって来たのだ。
 季節は七月初めであり、今日は快晴に間違いなく、正に絶好のサーフイン日和となりそうな塩梅であった。
 だが、まだ午前七時にもならないということもあり、流石に多々戸浜には、岡山を除いて誰一人として、姿を見せていなかった。
 岡山は多々戸浜に来るのは、今回で三回目であった。
 そして、今、多々戸浜に佇んでみると、やはり、改めていい場所だなと思った。何しろ、波は穏やかで綺麗だし、また、遥か向こうには神津島も望見出来、正に東京から然程離れていないにもかかわらず、こんな好スポットがあるのかと、改めて思ったのだ。だが、そんな岡山の表情は、サーフボードを手にしたまま、突如、険しくなった。何故なら、少し離れた右手の波打ち際から五、六メートル程離れた所に、人が倒れてるのを眼にしてしまったからだ。
 その光景は、正に岡山の表情をそのように変貌させるのに、十分なものであったのだ。
 それで、岡山はとにかくサーフボードを手にしたまま、白砂の上を小走りでその人物に近付いていった。
 そして、その人物、即ち、岡山と同じ位と思われる男性の許に来ると、すぐに屈み込んでは、男性の様子を眼にしてみた。 
 そんな岡山の表情は、一層険しいものに変貌していた。何故なら、男性は生きてるようには、まるで見えなかったからだ。
 それで、男性の生死を確認せずにはいられなくなった。
 それで、岡山はとにかく男性に身体を揺り動かしてみることにした。 
 岡山は男性を仰向けにするや否や、「うわっ!」という悲鳴を発したかと思うと、すぐに後退りしてしまった。何故なら、男性の灰色のシャツの胸元が血のようなもので赤黒く染まっていたからだ。
 また、男性の瞼は重く閉じられ、そんな容貌は正に死人のものであった。 
 それで、岡山はこの異変を警察に知らせなければならなくなり、直ちに宿泊先のペンションに戻っては、110番したのである。

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