尾藤を殺した犯人として、二人の人物が浮かび上がった。
 それは、長田正道と海部定吉だ。長田正道の息子の正は、サーフイン中に尾藤のサーフボートの直撃を受け、魂切れた。そんな尾藤は、正に謝罪の言葉を投げることもなかった。
 そんな尾藤だから、故意に正道の息子にサーフボードをぶつけたのかもしれないのだ。それ故、正道は尾藤に対して、強い怒りを抱いていた。また、尾藤の死亡推定時刻に、尾藤の死体が発見された多々戸浜にいた。それ故、正道は尾藤殺しの犯人である可能性は十分にある。
 ところが、正道と同じような人物が、その後の捜査で浮かび上がった。
 それが、海部定吉だ。定吉の息子の茂樹は、尾藤の友人で、沖縄でダイビング中に、故意に尾藤からマスクとスノーケルを外されてしまい、還らぬ人となってしまった。その茂樹の死の経緯を知った茂樹の親父の定吉は、尾藤に恨みを抱いても何らおかしくない。しかも、尾藤の死亡推定時刻に、尾藤の死体発見場所に、いたのだ。それ故、定吉も、正道と同様、尾藤殺しの犯人である可能性は十分という具合なのだ。
 さて、正道と定吉のどちらが、犯人なのだろうか? それとも、この二人以外に、犯人が存在してるのだろうか?

 今後の捜査は、この二点に絞られた。
 尾藤を死に至らしめたナイフとかいった物証が見付かれば、その二人のどちらが犯人なのか、明らかにすることは可能だろうが、そのような物証は見付かってはいなかった。
 そこで、尾藤の遺留物から、正道や定吉の物証がないか、その線からの捜査が行なわれたが、それもうまく行かなかった。
 それで、多々戸浜周辺で、尾藤の死亡推定時刻に不審な場面とか人物を目撃しなかったかという情報提供が何度も呼び掛けられた。
 すると、興味深い情報を入手することが出来た。その情報を中村たちに提供したのは、尾藤が死んだ夜、尾藤たちと同じように多々戸浜のペンションに宿泊していた千葉県からやって来たという浜口紀夫という二十八歳の男性であった。浜口は中村に電話を掛けて来たのだが、そんな浜口は、
―実は妙な場面を眼にしてしまったのですよ。
 と、多々戸浜で不審な場面を眼にしなかったかと、警察が情報提供を呼び掛けてることを知った浜口は、電話を掛けて来たのである。
「妙な場面ですか。それは、どういったものですかね?」
 中村はいかにも興味有りげに言った。
「実はですね。七月一日の夜の十時頃ですが、『ブルースカイ』の窓から人が二人、部屋の中に入って行くのを僕はたまたま眼にしてしまったのですよ。
「窓からですか」
―そうです。窓からです。まるで、泥棒みたいな感じでしたね。
 そう浜口に言われ、中村は思わず眉を顰めた。確かに、その場面は不審であったからだ。そもそも、窓から部屋の中に戻るなんて行為は、正常ではない。何か疚しいものが、あるに違いないのだ。
 もっとも、その出来事が果して、尾藤の事件に関係あるのかどうかは、今の時点では何ともいえないだろう。しかし、今、情報が不足し、また、ほんの些細なことから、事件が解決に至ったことは、これまで数多い。それで、浜口が言った窓から部屋の中に戻った部屋の宿泊者が誰であったのか、確認してみることにした。
 もっとも、浜口が「ブルースカイ」に宿泊していたわけではないので、その部屋が何処なのか、正確に言及は出来なかった。
 それで、中村は浜口と共に多々戸浜にまで行っては、その部屋が「ブルースカイ」のどの部屋であったのか、確認してもらったのだ。
 すると、その部屋は「ブルースカイ」の103室であることが分かった。
 それで、中村は七月一日に「ブルースカイ」の103室に誰が泊まっていたのか、確認してみた。
 すると、それは意外な結果となった。何故なら、七月一日に「ブルースカイ」の103室に泊まっていたのは、何と尾藤だったというのだ! 
 もっとも、その説明は正確ではない。尾藤たちと言わなければならないだろう。何しろ、尾藤は崎山と秋山の三人で、多々戸浜の「ブルースカイ」に来ていたのだから。
 となると、窓から部屋の中に入った二人とは、崎山と秋山ということになる。
 しかし、それは腑に落ちない。何故なら、崎山と秋山は、その頃、既に床に入り就寝していたと、中村に証言しているのだから!
 そう思うと、中村は渋面顔を浮かべた。事件が何となく、思わぬ方向に進みそうな気配を察知したからだ。
 とはいうものの、崎山と秋山に浜口の証言を否定されてしまえば、それまでだ。
 そこで、「ブルースカイ」103室の窓周辺などから、指紋を採取してみることにした。そして、その指紋が付いていた場所などから、窓から部屋の中に入った者がいないかどうか、捜査してみることにしたのだ。
 すると、サッシの枠とか、サッシ周辺とか、外壁などから、複数の指紋が採取された。そして、その指紋が付いていた場所などから、浜口が証言したように確かに103室に窓から何者かが入ったという事実は、間違いないと思われた。
 後は、その指紋が崎山と秋山のものに一致するかどうかの捜査というわけだ。
 だが、その前に、崎山と秋山から話を聴いてみることになった。

目次   次に進む