2 意外な事実

 しかし、通子が言ったことが全く気にならないわけでもなかった。
 それで、改めて、四郎の足取りを追ってみることにした。
 犬飼は、六月五日に稚内からクッチャロ湖畔にやって来た。クッチャロ湖畔に着いたのは、午前十時頃であり、クッチャロ湖畔のレンタルサイクル店で自転車を借りた。そして、サイクリングロードに乗り出した後、被害に遭ったと思われた。
 しかし、本当に自転車を借りたのが、犬飼四郎であったのかということを改めて確認してみることにした。
 犬飼が自転車を借りたレンタルサイクル店の岡崎正雄(45)は、
「犬飼さんが本物だったかどうかと訊かれても、僕は犬飼さんに会ったのは初めてだから、犬飼さんだと信じるしかないですよ」
 と、渋面顔で言った。
「では、自転車を借りる時には、免許証なんかを提示するのですかね?」
「いや。免許証は必要ありません。その代わり、保証金として、五千円預からせてもらいます。無論、この五千円は、自転車を返してもらった時に、お返ししますよ」
 と言っては、岡崎は小さく肯いた。
「では、犬飼さんは、どうやって稚内からここまで来たのでしょうかね?」
「そりゃ、レンタカーではないですかね」
「では、犬飼さんのことで、何か気付いたことはないですかね?」
 と、坂本は岡崎の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、岡崎は、
「そうですねぇ」
 と、思いを巡らすかのような仕草を見せては、少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「そう言えば、犬飼さんは、色の付いたサングラスを掛けていましたね」
 と言っては、眉を顰めた。
「色の付いたサングラス、ですか……」
 坂本は呟くように言った。
「そうです。もっとも、真っ黒のサングラスというのではなく、薄い茶色でしたがね。でも、サングラスを掛けたお客さんは、初めてでしたね」
 と、岡崎は再び渋面顔で言った。
 そう岡崎に言われると、坂本は、
「ふむ」
 と言っては、眉を顰めた。その話は何となく気になると思ったからだ。
「それ以外で、何か気付いたことはありませんかね?」
「それ以外ですか。それ以外では、特にないですね」
 と、岡崎は淡々とした口調で言った。
 岡崎はそう言ったものの、犬飼が色の付いたサングラスを掛けていたというのは、何となく引っ掛かった。 
 犬飼がレンタカーを借りたのは、稚内市内のSレンタカーだということが分かっていたので、今度はレンタカー店で犬飼に応対した係員から話を聞いてみることにした。
 すると、その田中という係員は、
「犬飼さんは、薄いサングラスを掛けていましたね」
 と言ったのだ。
「薄いサングラスですか」
 沢口は、呟くように言った。
「そうです。薄い茶色のサングラスでしたね」
 そう言われ、沢口は眉を顰めた。何か不審な臭いを嗅ぎ取ったからだ。
「色の付いたサングラスを掛けてるお客さんは、いますかね?」
―そうですねぇ。多くはないですが、たまにいますよ。
「免許証は見せてもらいましたかね?」
―勿論、見せてもらいましたよ。
「免許証の人物と、色の付いたサングラスを掛けていたお客さんは、同一人物に見えましたかね?」
―そりゃ、そう思いましたよ。そんなことは、当り前だと思います。
 そりゃ、よほど違っていれば、気付くでしょうが、余程のことがない限り、別人物だとは思わないと思いますよ。
 と、田中は淡々とした口調で言った。
 また、犬飼はその日は稚内市内の「サンライズ曙」というホテルに泊まったのだが、宿泊する時もチェックアウトする時も、色の付いたサングラスを掛けていたという。
 これは不審なことだ。
 しかし、色の付いたサングラスを掛けていた人物が、犬飼本人であったのかどうかは、明らかに出来ると思われた。
 というのは、「サンライズ曙」の宿泊カードに、自筆で犬飼の名前と住所を記入しているからだ。
 その宿泊カードに書かれた文字を筆跡鑑定にかければ、犬飼本人かどうか、分かるだろう。
 そして、犬飼のアパートで犬飼の手帳が見付かり、その手帳に書かれていた文字と宿泊カードに書かれていた文字が同一人物に書かれたものなのかどうかという筆跡鑑定が行なわれた。
 すると、その結果は程なく出た。そして、その結果は、何と別人物であったというのである!

目次   次に進む