4 死体発見
ところが、その三ヵ月後に、事態は急変した。
というのも、奥多摩の山中で変死体が発見され、その死体が何と、ここしばらくの間、行方不明になっていた犬飼四郎であったことが明らかになったからだ。
その日、九月六日は、三日前までの台風の為に、土砂がえぐられていた。
しかし、近くに住んでいた三枝明は、犬の散歩に何度も来たことがある林道を歩いていたのだが、ふと左前方に眼を向けてみると、人間の足らしきものを眼に留めた。
それで、近付いてみると、それは確かに人間の足と確信した。
それで、直ちに110番通報した。
それを受けて、所轄署の刑事が二名、直ちに現場に駆けつけ、スコップでそれを少し掘り起こしてみたが、早々と人間だということを確認した。
そして、程なくその死体は救急車でS病院に運ばれて行ったが、その仏さんはかなり白骨していて、原型を留めてはいなかった。
しかし、歯の治療痕から、三ヶ月前に行方不明になっていた犬飼四郎ということが明らかになったのだ。
そして、犬飼の死因も明らかになった。
それは、後頭部を鈍器によって強打されたことによる脳挫傷であった。即ち、殺しである。
これによって、多摩署に捜査本部が設置され、警視庁の岡元勝則警部(53)が捜査を担当することになった。
そんな岡元の許に、早々とクッチャロ湖畔のサイクリングロードの情報が届いた。
その情報を受けて、岡元は、
「つまり、犬飼さんを殺したのは、そのサイクリングロードで犬飼さんが死んだと思わせる偽装工作をした奴だ」
と言っては、小さく肯いた。そんな岡元は、そんなことは、当り前だと言わんばかりであった。
岡元と共に、犬飼の事件の捜査することになった若手の竹之内刑事(31)も、
「僕もそう思います」
と言っては、力強く肯いた。竹之内刑事でなくても、誰でもそう思うことであろう。
「つまり、犬飼さんは、クッチャロ湖畔のサイクリングロードで、ヒグマに襲われて死亡したものとして、事を済ますつもりだったのだ。しかし、そうは問屋が卸さなかったというわけだ」
「ということは、犬飼さんのことを恨んでいた人物を探し出せば、自ずから犯人に行き着くということですね」
と、竹之内刑事。
「正にその通り」
ということになり、早速、その捜査が行なわれることになった。
すると、早々と有力な情報を入手することが出来た。その情報を岡元たちにもたらしたのは、「山海魚」で犬飼と共に働いていたという鈴村幸三であった。鈴村は、
「犬飼君を恨んでいたというのなら、すぐにあの人物が思い浮かびますね」
と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。そんな鈴村は、正に犯人のことを警察に告発するのは、いい仕事ではないと言わんばかりであった。
しかし、岡元は鈴村にそう言われ、
「それは、誰ですかね?」
と、いかにも好奇心を露にしては言った。
「ですから、海野君ですよ」
と、鈴村はいかにも渋面顔を浮かべては小さく肯いた。
「海野君? それ、どういった人物ですね?」
と、岡元は再び好奇心を露にしては言った。
「ですから、仕事の同僚ですよ。つまり、犬飼君と一緒に僕たちの居酒屋で一緒に働いていた男ですよ。
で、何故海野君が犬飼君に恨みを持っていたかというと、それは、お金です。何でも、犬飼君は海野君から百万程のお金を借りていたそうです。しかし、なかなか返そうとしなかったみたいです。それで、海野君は僕たちに度々犬飼君に対する愚痴を零していましたね」
と言っては、鈴村は小さく肯いた。
そんな鈴村に、岡元は、
「それが原因で、海野さんは犬飼さんを殺したというのですかね?」
すると、鈴村は眼を大きく見開き、
「僕は海野君が犬飼君を殺したとまでは言ってませんよ」
そう鈴村に言われると、岡元は、
「そうでしたね」
と、笑顔を繕い、そして、
「で、海野さんが犬飼さんを恨んでると思ったのは、その件だけですかね?」
と言っては、眉を顰めた。
「違いますね」
と言っては、鈴村は眉を顰めた。
「ほう……。それは、どういったことですかね?」
と、岡元はいかにも興味有りげに言った。
「それは、女ですよ。女」
と言っては、鈴村は眉を顰めた。
「女? それ、どういうことですかね?」
「ですから、犬飼君は海野君の女に手を出したのですよ。つまり、海野君の女をデートに誘い、その時にものにしてしまったのですよ。そして、そのことが海野君にばれ、海野君は犬飼君と大喧嘩になったみたいですよ。
そういったことから、海野君は犬飼君に強い恨みを持っていた筈ですよ」
と、鈴村はいかにも渋面顔を浮かべては言った。そんな鈴村は、正に海野なら、犬飼を殺してもおかしくないと言わんばかりであった。
また、岡元の思いも同じであった。つまり、海野なら、犬飼を殺してもおかしくないというわけだ。
そう思った岡元は、
「で、海野さんが犬飼さんを恨んでる理由はそれ位ですかね?」
「まあ、そんなところですかね」
「では、海野さん以外に、犬飼さんを恨んでいそうな人物は思い浮かばないですかね?」
「特に思い浮かばないですね」
「では、海野さんは今もその店で働いているのですかね?」
「いや。今は働いていません」
と、頭を振った。
「では、今はどうしてるのですかね?」
「さあ、そこまでは知りません」
そう鈴村は言ったものの、「山海魚」に海野の履歴書が残っていたことから、海野の連絡先は分かった。
それで、早速海野の携帯電話に電話をしてみたが、その電話番号は解約されていた。
それで、海野が住んでいたアパートに行ってみたが、そのアパートを一ヶ月前に転居したとのことだ。
しかし、これらの事実を受けて、一層海野への疑惑は高まった。つまり、海野はやはり犬飼を殺したのだ。その為に、電話を解約したり、転居したりして、姿を晦まそうとしたのだ。
また、海野の出身地が北海道の旭川ということも分かった。
そして、それも海野への疑惑を高めさせる要因となった。即ち、旭川出身なら、クッチャロ湖畔のサイクリングロードのことも知っていた可能性は十分にあるというわけだ。それ故、サイクリングロードでの偽装工作を思いついたというわけだ。
そんな具合だったが、程なく海野の居場所を突き止めることが出来た。というのも、海野の両親が今も旭川に住んでいたのだが、その両親から、海野の居場所が分かったというわけだ。
そんな海野は、今は川崎に住んでいるとのことだ。
それで、神奈川県警に捜査協力を依頼し、神奈川県警の田川博敏警部捕(45)に、海野のことを捜査してもらうことになった。