4 畦プリンスビーチで死体が発見される

 畦プリンスビーチという名前は、皇太子殿下が徳之島来島時に散策されたことから、名付けられたとのことだが、その畦プリンスビーチは、今、慌しい雰囲気に包まれていた。観光化されてない為に、日頃人気の無いこのビーチに一体何が起こったのか?
 それは、死体だ。つい三十分前に、畦プリンスビーチで男性の死体が観光客によって発見されたのだ。
 男性は三十の半ば位と思われたが、首に鬱血痕があったことから、男性の死は殺しによってもたらされた可能性が疑われた。日頃のどかで静かな徳之島、そして、畦プリンスビーチが騒然としてるのは、正に至極当然のことと思われた。
それはともかく、男性の身元は早々と明らかになりそうであった。というのは、男性のものと思われるレンタカーが畦プリンスビーチの駐車場に停められていて、その車の中に入っていたバッグの中に男性の免許証が入っていたからだ。
 即ち、男性の身元は早々と明らかになったのだ。男性は、上山登志男(35)という東京在住の男性だったのだ。しかし、東京在住の上山が、一体何故畦プリンスビーチで他殺体で発見されなければならないのか?
 正に、今、のどかで静かな徳之島の住民たちは、日頃見せない緊張感漂う表情を見せていた。しかし、それも当然だろう。
 上山登志男の事件は鹿児島県警の沢口睦夫警部(54)が捜査を担当することになった。
 すると、上山は現在東京都内の1DKアパートで一人暮らしであることが分かった。そんな上山は最近になって離婚し、また、現在仕事をしてないようであった。
 そう証言したのは、実家の両親であった。しかし、両親は、上山を殺した犯人にてんで心当たりないばかりでなく、何故上山が徳之島に行ったのかも分からないという。そんな上山の両親からは、上山の事件を解決する手掛かりは得られそうもなかった。
 しかし、上山は最近になって離婚し、また、会社をリストラされたとのことから、その辺に上山の事件の犯人が存在してるのかもしれない。
 そして、まず、上山の死体の傍らに落ちていた上山のものと思われるバッグの中に事件の手掛かりがないかという捜査が行なわれた。
 しかし、その捜査は特に成果を得られなかった。 
 上山のバッグにはK社のデジカメが入っていたので、そのデジカメに何か事件の手掛かりは写ってないかと、調べてみたのだが、特にそのようなものは、見付からなかったのだ。
 それを受けて、次に上山の徳之島での足取りを追ってみることにした。そして、それは、デジカメに写っていた写真から、凡そ推察出来た。 
それによると、上山は徳之島空港でレンタカーを借り、犬の門蓋、犬田布岬、喜念浜海岸、亀津まで行き、亀津のビューホテルで一泊し、その後、徳之島フルーツガーデンを経て、畦プリンスビーチに行き、そこで被害に遭ったものと思われた。
 しかし、それ以上のことは分からなかった。
 それで、上山が亀津で宿泊したビューホテルの係員から話を聴いてみることにした。
 徳之島ビューホテルを訪れた沢口に応対したのは、支配人の野村明夫(56)であった。野村は、沢口に対して、
「正に驚いてます」
 と、正にいかにも驚いたと言わんばかりの表情と口調で言った。そんな野村は、ビューホテルの宿泊者が何者か殺されたなんて、正に信じられないと言わんばかりであった。
 そんな野村に、沢口は、
「上山さんの事件に関して何か心当たりないですかね?」
 と、正に何か手掛かりを得られないかと言わんばかりの表情と口調で言った。
 しかし、野村は、
「特にないですね」
 と、申し訳なさそうに言った。
 そんな野村に、沢口は、
「野村さんが上山さんに応対したのですかね?」
「いや。僕ではないですね」
「では、上山さんに応対した係員と話をしたいのですがね」
 そう沢田が言うと、野村は、
「少々お待ちください」
 と言っては、席を外し、少しして戻って来た。そして、
「こちらが、上山に応対した前田君です」
そう野村に言われると、前田という四十位のフロントマンは、
「僕が上山さんに応対した前田と申します」
 と言っては、頭を下げた。 
 そんな前田に、沢口は、
「野村さんから話を聴いたと思うのですが、昨日、チェックアウトした上山さんの他殺体が、昨日の午前十一時頃、畦プリンスビーチで他殺体で発見されたのですよ」
 と、いかにも険しい表情を浮かべては言った。
 そう沢田が言っても、前田は言葉を発そうとはしなかった。
 そんな前田に、沢口は、
「その上山さんに関して、前田さんは何か思うことがありますかね?」
 すると、前田は、
「特にないですね」
 と、野村と同様、申し訳なさそうに言った。
 すると、沢口は些か失望したような表情を浮かべた。前田から、何か情報を入手出来るのではないかと期待していたからだ。
 しかし、
「では、上山さんのことで、何か気付いたことはありませんかね? どんな些細なことでも構わないですから」
 と、沢口は正に前田に喰らい付くかのように言った。
 すると、前田は、
「それがないのですよ。上山さんはごく普通のお客さんでしたからね。何か妙なことを言ったりすれば、何か気付いたかもしれませんが、そうではなかったので……」 
 と、いかにも申し訳なさそうに言った。
 それで、沢口はこの辺で徳之島ビューホテルを後にした。
 こののどかで平和な徳之島で、何故上山は殺されなければならなかったのか? 沢口はてんで分からなかった。果たしてこの事件は解決するのだろうか? そう沢田が焦りを感じても、不思議ではなかった。
 
上山登志男の事件が起こる一ヶ月前のことだ。亀沖中学二年の玉城和則が自宅に戻って来ないという連絡を受け、徳之島署の小河刑事たちが和則を探してみたのだが、一週間経ってもその行方は分からなかった。正に神隠しに遭ったように、その姿が忽然と消えてしまったのだ。
 和則の両親は元より学友たちの誰も彼もが、和則が何処に消えてしまったのか、てんで分からなかったのだ。
 それ故、何か事件に巻き込まれたのではないかと推察出来たのだが、その事件も何なのかてんで分からなかったのだ。

 玉城和則の事件が発生して二週間が経った。
 しかし、捜査は進展しなかった。和則が何故行方不明になったのか、まるで情報が入って来なかったのだ。
 しかし、三週間後に、忽然と姿を消した玉城和則のものと思われる遺体が、喜念浜海岸に打ち上げられてるのが、観光客によって発見されたのだ!
 既に死後三週間経ってるということから、遺体は既に原型を留めていなかった。
 しかし、そのぼろぼろになった服装は、和則の両親の見覚えのあるものであり、また、その歯型から、その遺体は玉城和則であるということが確認されたのだ。
 しかし、何故和則が遺体で発見されたのだろうか? 
 これが、小学生なら、誤って海に落ち、溺死したということも有り得るだろう。
 しかし、和則は中学二年で、しかも、泳ぎは得意だったという。
 そんな和則が、誤って海に落ち、溺死するだろうか? 況してや、服を着たまま溺死するなんてことは、有り得ないだろう。
 となると、自殺したというのか? その可能性はないこともない。
 というのも、和則の失踪を捜査していた小河刑事は、和則が虐めに遭っていたという情報を既に入手していた。
 それ故、虐めに遭っていた和則が自殺したという線も想定してたのだ。
 そして、自殺なら、和則の失踪はうまく説明出来るのだ。
 そして、実際にもそうだったのかもしれない。
 しかし、殺しもあるかもしれない。
 玉城和則は、亀沖中学の二年であり、そのような年齢の子供が複雑な事件の結果殺されたという可能性は低いと思われた。それ故、犯人は身近な者である可能性が高い。そう推理するのが、妥当であろう。
 それで、その線に基づき、和則の両親とか友人だった者から話を聴いてみることにした。
 すると、早々と有力な情報を入手出来た。その情報をもたらしたのは、和則の友人であった小山正次(15)であった。正次は、
「玉城君は虐めに遭ってましたよ」 
 と、小河刑事の問いに、神妙な表情で言った。
「虐めですか」 
 小河刑事は眉を顰めては、些か険しい表情を浮かべた。
「そうです。虐めですよ」
と、正次も些か険しい表情を浮かべては言った。
 そんな正次に、小河刑事は、
「かなり虐められていたのかい?」
 と、正次の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、正次は小さく肯いた。
 すると、小河刑事は小さく肯いては眉を顰めた。どうやら、和則の死はそれに関係してるのではないかと思ったからだ。
 そんな正次から、和則を虐めていた同級生の存在が浮かび上がった。
 野山明夫 
 景山治
 前田五郎
 この三人が、和則を虐めていたとのことだ。 
 和則は、この三人からプロレスごっこでいつも虐められていたとのことだ。更に、最近では虐めがエスカレートして、小遣いまでせびられていたそうだ。
 しかし、その虐めに関して、和則の両親はてんで知らなかったとのことだ。
 小河刑事は、他の和則の同級生たちから話を聴いた結果、やはり、和則はこの三人から虐められていたという証言を入手出来た。
 それで、早速この三人から小河刑事は話を聴いてみることにした。
 しかし、三人同時に話を聴くのではなく、一人一人別々で話を聴いてみることにした。
三人の表情はおどおどしたものであった。そのことからも、三人が和則の事件に関係してる可能性は、十分にあると思われた。
 しかし、この三人が和則を殺し、海に遺棄したという証拠があるわけではない。
 それ故三人を逮捕するわけにはいかなかった。

目次   次に進む