5 寄せられた情報
その一方、畦プリンスビーチで他殺体で発見された東京在住の上山登志男の死は、和則とは違って明らかに他殺によるものであった。それ故、殺人犯が存在してるに違いないのだ。
そして、警視庁の刑事に捜査協力をしてもらい、上山が何かトラブルを抱えてなかったのか、また、殺害に至る動機が存在してなかったか、捜査をしてもらった。
しかし、そのような情報を入手出来なかったという返答を受けた。
となると、上山を殺害するに至った動機が、徳之島に存在してるということになる。
それで、改めて、上山が殺された頃、徳之島で何か不審な出来事が発生してないか考えを巡らせると、自ずからある事件が浮かび上がった。
それは、玉城和則の事件だ。上山が殺された一週間前に、喜念浜海岸で亀沖中学二年の玉城和則の死体が浜に打ち上げられてるのが発見された。そんな和則は、自殺する可能性は低く、他殺の線も浮上していた。
それ故、鹿児島県警が捜査に乗り出していたのだが、まだ、事件なのか事故なのか、あるいは、自殺なのかという結論は出てなかった。
そんな折に上山の事件が発生したのだ。
しかし、その和則の死が、上山の事件と関係してるとでも言うのだろうか?
東京在住の四十三歳であった上山と徳之島の中学二年であった玉城和則との間に接点がないのは、明白だ。
それ故、和則の死と上山との事件と関連付けるのには無理がある。和則の死体が発見されてすぐに上山の事件が発生したのは、単なる偶然であろう。そう看做すのが妥当だろう。
そう沢口は思い、上山の死と和則の死を結びつけるのは稚拙な捜査だと看做した。
それ故、改めて上山の徳之島での足取りを追ってみることにした。
それは、上山のデジカメに残されていた記録を改めて調べてみたのだが、すると、十一月十六日、即ち、ビューホテルをチェックアウトした後、上山はまず徳之島フルーツガーデンを訪れ、その後、畦プリンスビーチを訪れていたことは改めて確認出来た。畦プリンスビーチでの写真が残されていたことから、畦プリンスビーチまでの旅行は上山にとって、平常のものであったに違いない。
となると、上山の死体が発見された畦プリンスビーチで、上山を死に至らしめた異変が発生したに違いない。
その点を踏まえて、畦プリンスビーチに立て看板を立てて情報提供を市民に呼び掛けただけではなく、新聞等で情報提供を呼びかけた。
すると、興味深い情報が寄せられた。
その情報を警察にもたらしたのは、岡本直樹という熊本在住の男性であった。
岡本は、
―僕は十一月十六日の午前十時半頃、畦プリンスビーチに行きました。すると、その時、あまり見たくないような光景を見てしまったのです。
と、いかにも言いにくそうに言った。
「ほう……。それは、一体どういったものですかね?」
沢口は興味有りげに言った。
―人が争う場面ですよ。
岡本は、いかにも言いにくそうに言った。
「人が争う場面ですか」
沢口はいかにも興味有りげに言った。しかし、それは、当然であろう。事件を解決出来そうな有力な情報ではないかと思ったからだ。
それ故、沢口の口から、
「詳しく話してもらえないですかね?」
―午前十時半頃でしたか。僕は亀津のビューホテルに泊まり、その後、朝潮の像などを見物した後、畦プリンスビーチにやって来たのです。そして、駐車場に車を停め、畦プリンスビーチに行こうと思ったのですが、すると、人が争う場面を眼にしたのです。その場面が甚だ深刻なものだったので、僕は厄介なことに巻き込まれたくないと思い、浜に出ることなく、早々と車に戻り、畦プリンスビーチを後にしたのですよ。
と、岡本はいかにも決まり悪そうに言った。
そう岡本に言われ、場所といい、時間といい、岡本が眼にした光景というのは、上山の事件そのものに違いなかった。
それで、沢口は、
「一体何人が争っていたのですかね?」
と、眼を大きく見開き輝かせては言った。
―三人ですね。といっても、一人対二人です。
そう岡本に言われ、沢口は、
「なるほど」
と言っては、小さく肯いた。即ち、その一人が上山であり、二人が上山を殺した犯人だというわけだ。
それで、
「では、何故争っていたのでしょうかね?」
無謀な問いだとは思ったが、訊いてみた。
すると、岡本は案の定、
―それは分からないですよ。
と沢口の問いにあっさりと言った。
「では、岡本さんは、何分位その場面を見ていたのですかね?」
―そりゃ、二十秒位ですよ。眼を合わせれば、まずいような雰囲気でしたからね。
「では、その三人の内、一人の方が畦プリンスビーチで死体で発見された上山さんと思われるのですが、では、二人の方はどんな具合でしたかね。つまり、年齢とか、身体つき、服装なんかです」
―二人とも、大柄でしたね。年齢は詳しいことまでは分からないですが、四十から五十位だったと思います。服装は二人とも、白のシャツのような感じだったですね。
「では、浜にはその三人しかいなかったですかね?」
―そうでしたよ。
「では、駐車場には、岡本さんの車以外何台停まってましたかね?」
ー二台です。
そう岡本に言われると、沢口は、
「なるほど」
と、小さく肯いた。即ち、その二台は上山と犯人のものと思われたからだ。
それで、
「では、岡本さん以外のその二台の車が何だったか、覚えていますかね?」
と、沢口はいかにも眼を大きく見開き、輝かせては言った。即ち、その車の持ち主を突き止めれば、自ずから犯人が浮かび上がると思ったからだ。
すると、岡本は、
―分かりますよ。
と、あっさりと言った。
「では、その車のことを話してもらえますかね?」
―一台はワゴンRでしたね。色はシルバーでしたよ。そして、もう一台はフィットでしたよ。こちらもシルバーでしたよ。僕は車に詳しいですから、絶対に見間違えないと思いますよ。
そう岡本に言われると、沢口は些か満足したように肯いた。というのも、上山が借りていたレンタカーは既にシルバーのワゴンRと分かっていたので、そのシルバーのフィットの方が犯人の車だというわけだ。そして、徳之島にはシルバーのフィットの持ち主がそんなにいることはない。となると、早々と犯人に行き着く可能性も有り得るだろう。
それで、早速徳之島でシルバーのフィットの持ち主を調べ出し、そして、その中で、上山と関係ありそうな人物がいないかと調べてみたのだが、あっさりとそのような人物のことを見付け出すことは出来なかった。
しかし、該当者は僅かに十数人だったので、更に突っ込んだ捜査をして行けば、決して上山との接点がありそうな人物のことを浮かび上がらせることは不可能ではないと思われた。
それで、更にその数十人に対して突っ込んだ捜査をしてみた。
すると、一人の男性のことが浮かび上がった。
それは、前田雅也という男性であった。
では、何故前田のことが浮かび上がったのだろうか?
それは、前田は何と上山が十一月十五日に亀津で宿泊したビューホテルのフロントマンをやっていた男性であり、また、沢口自身がその前田に対して上山に関して聞き込みをやったことのある男性であったのだ。その前田が所有していた車が、シルバーのフィットだったのだ。
この意外な事実を受けて、沢口たち捜査に携わっている刑事たちが険しい表情を浮かべるのは、当然ことであろう。何故なら、前田が上山の死に関係してるなんてことが有り得るとは思えなかったからだ。
しかし、上山の事件にはシルバーのフィットの持ち主が関係してることは確実なのだ。
それで、沢口はビューホテルの支配人に電話して、十一月十六日に前田の勤務状態がどうなってたのか、確認してみたところ、休暇となっていた。しかも、急に申し出たとのことだ。
これで、前田への疑惑は一層高まった。
それで、この時点で前田から話を聴くことになった。