6 意外な容疑者

 前田は今日も、いつも通りビューホテルでの仕事をこなしていたが、そんな前田は沢口の顔を見ると、些か表情を険しくさせたような印象を沢口は抱いた。
 それはともかく、沢口は、
「前田さんと少し話をしたいのですがね」
 と言ったので、近くの浜に出ては、前田と話をすることになった。
 沢口に浜に連れ出された前田は、何となくおどおどとした感じだった。 
そんな前田に沢口は、
「前田さんに聴きたいことがあるのですがね」
 と改めて言っては、
「僕が何故前田さんから話を聴かなければならないのか、その理由が分かりますかね?」
 と、前田の顔をまじまじと見やっては言った。
 すると、前田は、
「分からないですね」
 と言っては、首を傾げた。
 そんな前田に、沢口は、
「以前も前田さんから上山さんに関して話を聴きましたね。上山さんとは、先日畦プリンスビーチで他殺体で発見された観光客の男性ですよ」 
と言っては、小さく肯いた。
 すると、前田は特に表情の変化を見せなかったが、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな前田に、沢口は、
「で、その上山さんの死に関して、何か心当たりありませんかね? このことは、以前も訊きましたが」
 と言っては、眉を顰めた。
 すると、前田は、
「やはり、ありませんね」
 と、些か申し訳なさそうに言った。そんな前田は、正に警察の捜査に役立てずに申し訳ないと言わんばかりであった。
 そんな前田に、沢口は、
「で、その後の捜査で有力な情報を入手出来ましてね」
 と言っては、眼をキラリと光らせた。
 しかし、前田は言葉を発そうとはしなかった。
 そんな前田に、
「で、その有力な情報とは、どういったものか、分かりますかね?」
 と言っては、唇を歪めた。
「そりゃ、分からないですよ」
 そう言っては、前田は苦笑いした。そんな前田は、そのようなことを分かる筈はないと言わんばかりであった。
 そんな前田に、沢口は、
「では、その有力な情報とは、上山さんが死亡した時刻の頃、上山さんは畦プリンスビーチにいたことが分かったのですよ。というのも、その頃、上山さんと思われる男性が畦プリンスビーチにいたのを眼にした人物がいましたのでね」 
 そう言っては、沢口は前田に冷ややかな眼差しを投げた。
 そう沢田が言うと、前田の表情は一瞬乱れたが、それは一瞬だった。
 そんな前田は、努めて平静を装ってるようであったが、しかし、そんな前田から言葉は発せられなかった。
 そんな前田に、沢口は、
「で、上山さんは一人ではなかったのですよ。三人だったのですよ。
 で、その三人の中の一人が上山さんだったのですよ。何故上山さんだったというと、上山さんが借りたレンタカーが畦プリンスビーチの駐車場に停められてるのが、眼にされてますのでね」
「……」
「で、その三人の中の一人が上山さんだったのですが、残りの二人は連れの男性であったと思われます。何故そう言えるのかというと、上山さんとその二人が争ってる場面を眼にされてるからです。つまり、上山さんとその二人が何やら揉めていたらしいのですよ」
 そう沢口が言っても、前田は言葉を発そうとはしなかった。そんな前田は、沢口の出方を窺ってるかのようであった。
「つまり、上山さんと揉めていたその二人が、上山さんを殺した犯人だったというわけですよ」 
 そう沢口は言っては、小さく肯いた。そんな沢口は、些か満足そうであった。
 そんな沢口に対して、前田はまだ言葉を発そうとはしなかった。そんな前田は、依然として沢口の出方を窺ってるかのようであった。
 そんな前田に、沢口は、
「で、前田さんは今、僕が言ったことは、間違ってると思いますかね?」
 と言っては、前田の顔をまじまじと見やった。
 すると、前田は、
「分からないですね」
 と言っては、眉を顰めた。
「分からない? 上山さんがその二人と言い争っていたのは、上山さんの死亡推定時刻なんですよ。それ故、その二人が上山さん殺しの犯人と看做すのは当然ではないですかね」
 そう言っては、沢口は再び前田の顔をまじまじと見やった。
 すると、前田は、
「そう言われても、僕では分からないですよ」
 と、再び眉を顰めた。
「そうですか。
 で、我々は上山さんと揉めていたその二人が犯人であると疑い、早速その二人が誰であったのか、捜査してみたのですよ。
 で、何故捜査出来たかというと、畦プリンスビーチの駐車場には、上山さんが借りたレンタカー以外にもシルバーのフィットが停められていましてね。即ち、そのシルバーのフィットの持ち主がその二人の内のどちらかと思ったのですよ。 
 それで、直ちにそのフィットの持ち主のことを調べてみました。 
 すると、徳之島には数十名シルバーのフィットの持ち主がいました。
 それで、その数十名の中で、上山さんと接点がありそうな人物はいないか捜査してみたのですよ」
 と言っては、沢口は小さく肯いた。
 しかし、前田はそんな沢口に対して言葉を発そうとはしなかった。そんな前田は、次の沢口の言葉を固唾を呑んで待ってるかのようであった。
「で、その結果、一人の人物が浮かび上がりました。
 で、その人物が誰だか、前田さんは分かりますかね?」 
そう言っては、沢口は前田の顔をまじまじと見やった。 
 すると、前田は、
「分からないですね」 
 と言っては、首を傾げた。そんな前田は、そのようなことが分かるわけはないと言わんばかりであった。
 そう前田が言うと、沢口は十秒程言葉を詰まらせたが、
「実はですね。その一人とは、前田さん、あなたなんですよ!」
 そう言った沢口の表情は、とても険しいものであった。その沢口の表情は、正に意外な結果だったと言わんばかりであった。
 そう沢田が言うと、前田の表情は、突如綻びた。そして、
「どうして僕がその一人なんですかね?」
 と、正におかしなことを言う人だなと言わんばかりに言った。
「どうしてでしょうかね? それは、こちらが訊きたいですよ。
 で、前田さんの所有してる車がシルバーのフィットであることは認めますよね?」
 そう沢田が言うと、それは隠せないと認めたのか、
「まあ、そうです」
 と、今度は決まり悪そうに言った。
 すると、沢口は小さく肯き、
「で、上山さんが畦プリンスビーチで何者かに殺された時に、畦プリンスビーチの駐車場には、上山さんの車以外にもう一台の車が止まっていました。そして、その車がシルバーのフィットだったというわけですよ。
 で、徳之島のシルバーのフィットの持ち主で上山さんと接点がありそうなのは、前田さん。あなた位なものですよ。何しろ、前田さんはビューホテルで上山さんと話をしてますからね」
と、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。そんな沢口は、正に面倒なことになって来たと言わんばかりであった。
 そんな沢口に、前田は、
「確かに刑事さんが言われる通り、僕はフロントマンとして、ビューホテルで上山さんに対して接客をやりました。しかし、上山さんとは、ただそれだけの関係なんですよ」 
 と、正に上山との関係は、フロントマンとお客さんという関係に過ぎないと言わんばかりであった。
「確かに前田さんの言われる通りなんですが、上山さんがビューホテルをチェックアウトしてからの関係がどうもそうではなくなってしまったみたいなんですよ。何しろ、上山さんの死亡推定時刻に、前田さんの車と思われる車が畦プリンスビーチの駐車場に停められてたのですからね」
 と、言っては、沢口は眉を顰めた。
「だから、それは僕の車ではないのですよ」
 と、前田は強い口調で言った。そんな前田は、上山殺しに関して、前田に疑いの眼を向けた沢口のことを強く非難してるかのようであった。
「しかし、前田さんは、十一月十六日は、休暇を取ってますよね」
 そう沢田が言うと、前田は、
「そうでしたね」
 と、沢口から眼を逸らせては、決まり悪そうに言った。
 すると、沢口は小さく肯き、そして、
「では、その日の午前十時頃、何処で何をしてましたかね?」
 と、沢口は前田の顔をまじまじと見やっては言った。
「その頃は、家で本を読んでましたよ」
「本を読んでいた? それ、おかしいですね」
 と言っては、沢口は眼をキラリと光らせた。そんな沢口は、下手な嘘をつくのは、止めた方がいいと言わんばかりだった。
 そんな沢口に、前田は、
「本当ですよ」 
 と、些かむっとしたような表情を浮かべては言った。
「そうですかね? だったら、訊きますが、その十六日の休暇は予め決まっていたのですかね?」
 そう言っては、沢口は唇を歪めた。
 沢口は既にビューホテルの支配人から、十六日は元来前田は休暇日ではなかったが、急に前田が休暇を願い出たことを確認している。しかし、急に休暇を取ったのなら、家で本など読むだろうか?
 その沢口の問いに、前田はなかなか言葉を発そうとはしないので、沢口は同じ問いを繰り返した。
 すると、前田は、
「ですから、何となく体調が悪かったのですよ。ですから、急に休暇願いをしたのですよ」
 と言った頃、沢口の部下が沢口の許にやって来ては、沢口に何やら耳打ちをした。
 すると、沢口は険しい表情ながらも満足そうに肯くと、
「実はですね。今の前田さんの説明が出鱈目であったということが分かりましたよ」
 と言っては、唇を歪めた。
「出鱈目、それ、どういうことですかね?」
 と、前田はいかにも納得が出来ないように言った。
「十六日の午前十時頃、前田さん宅にフィットが停まってなかったことが確認出来たからですよ。近所の住人がそう証言してくれましたからね」
 そう沢口が言うと、前田は言葉を詰まらせた。そんな前田は、もう弁明出来ないと言わんばかりであった。 
そして、この時点で、前田は署で沢口たちから訊問を受けることになった。

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