4 新たな容疑者

 正俊は下地の顔を見ると、渋面顔を浮かべた。そんな正俊は、正に下地のことを疫病神がやって来たと言わんばかりであった。
 そんな正俊に、下地は、
「実は妙なことが分かりましてね」
 と、正俊を見やっては、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「妙なこと?」
 正俊は素っ気無く言った。そんな正俊は、そのようなことは、どうでもよいと言わんばかりであった。
「そうです。妙なことです」
 と言っては、下地は小さく肯いた。
 それで、正俊は、
「それ、どんなことなんだい?」 
 と、さして興味がないような表情と口調で言った。
「ウッパマビーチで他殺体で発見された姉崎さんのことですがね」 
 そう下地が言うと、正俊は言葉を詰まらせた。そんな正俊は、次の下地の言葉を固唾を呑んで待ってるかのようであった。
そんな正俊に、下地は、
「以前、僕は比嘉さんに、何故姉崎さんが沖縄に来たのか、その理由を比嘉さんに訊きましたよね?」
「ああ」
 そう言っては、正俊は小さく肯いた。
「その理由に関して、比嘉さんは以前、功治さんの霊が呼び寄せたなんて言っておられましたが、その思いは変わりませんかね?」
 と、下地は正俊の顔をまじまじ見やっては言った。
 すると、正俊は、
「ああ」
 と、即座に言った。そんな正俊は、その言葉に、かなり自信有りげであった。
 そんな正俊に、下地は、
「実はですね。何故比嘉さんが、沖縄に来たのか、その理由が分かったのですよ」
 と言っては、小さく肯いた。
 すると、正俊は些か表情を険しくさては、
「それ、どういったものかい?」
 と言っては、眉を顰めた。
「その理由はですね。やはり、比嘉さんが関係してるというわけですよ」
 そう言っては、下地はにやっとした。そんな下地は、嘘をついても無駄だよと言わんばかりであった。
 そんな下地に、正俊は、
「それ、どういうことかな」
 と、いかにも納得が出来ないように言った。
 すると、下地はにやっとしたまま、
「姉崎さんは比嘉さんから脅されてたのですよ」
 と言っては、比嘉は小さく肯いた。
「俺に脅されていた? それ、どういうことかな?」
 正俊はいかにも納得が出来ないように言った。
「つまりですね。やはり、比嘉功治さんの遺族から、姉崎さんは功治さんを殺したと疑われてたのですよ。そして、姉崎さんが功治さんを殺したという証拠まで持っていたそうです。そして、その証拠を警察に渡されたくなければ、五百万払えと姉崎さんは功治さんの遺族から脅されていたというわけです。それで、姉崎さんはその証拠とやらを見る為に、沖縄にやって来たそうなんですよ」
 と、下地は正に正俊に言い聞かせるかのように言った。
 すると、正俊は、
「俺、そんなことをやらないよ」
 と、いかにも不満そうに言った。そんな正俊は、今の下地の話は話にならないと言わんばかりであった。
「そう言われても、無駄ですよ。姉崎さんはそう姉崎さんの友人に言ったことが明らかになりましたのでね」
 と言っては、比嘉はにやっとした。そんな下地は、下手な誤魔化しをやっても無駄だよと、正俊を諌めてるかのようであった。
 すると、正俊は、
「その友人って、誰だい? それに、その友人は出鱈目を言ったんじゃないのかな。それに、そう言ったという証拠でもあるのかい?」
 そう言っては、下地を睨み付けた。そんな正俊は、下地に<ふざけたことを言うんじゃない!>と、下地のことを非難してるかのようであった。
 そう正俊に言われると、下地は言葉を詰まらせた。その友人の証言をもたらしたのは、帯広署の中野であり、今のような反論をされてしまえば、下地は返す言葉が見付からなかった。 
 それで、下地は少しの間、言葉を詰まらせてしまったのだが、やがて、下地は、
「本当に、比嘉さんは、そのような脅しを姉崎さんにやらなかったのですかね?」
「当り前じゃないか! 大体、俺はそんな証拠は持っていないんだよ。もし、そのようなものを持っていれば、とっくに警察に渡してるさ。しかし、そのような証拠は持っていなかった為に、姉崎に強く出ることが出来なかったんだよ」 
 と、正俊は忌々しそうに言った。そんな正俊は、正にそのような証拠を持っていなかったことが、歯痒くて仕方ないと言わんばかりであった。 
 そう正俊に言われると、下地は思わず言葉を詰まらせてしまった。正俊が言ったことは、もっともなことだと思えたからだ。
 そんな下地を見て、正俊は思わず笑みを漏らした。そんな正俊は、正俊の言い分がもっともだということを下地が理解したと正俊は察知したからだ。
 だが、下地は、やがて、
「では、比嘉さんの親族で、功治さんの死に関して姉崎さんのことを疑っていた人物をご存知ないですかね?」
 そう下地に言われると、正俊は言葉を詰まらせ、いかにも真剣な表情を浮かべた。
 正俊は、下地のその言葉に、真剣な表情を浮かべては、なかなか言葉を発そうとはしない。そんな正俊を見て、下地は正俊がそのような人物に心当たりあるのではないかと思った。
 それで、
「そのような人物に関して心当たりあれば遠慮なく話していただけないですかね?」
 と、いかにも穏やかな表情と口調で言った。そんな下地の様は、今まで正俊に対して見せたことのないような穏やかなものであった。
 そう下地に言われ、正俊は言葉を詰まらせた。しかし、そんな正俊の様は、正に下地が言ったような人物に心当たりあると言わんばかりであった。そうでなければ、即座に否定すればよいのだから。
 そして、そんな正俊の沈黙はまだしばらく続いたのだが、そんな正俊に、下地は、
「決して比嘉さんには迷惑は掛けないですから」
 と、再び今まで正俊に対して見せたことのないような穏やかな表情と口調で言った。
 すると、正俊は、まだしばらく、何ら言葉発そうとはしなかったが、やがて、
「敏ちゃんかもしれないな」
 と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
 すると、下地は、眼を大きく見開き、
「敏ちゃん? それ、誰のことですかね?」 
 と、いかにも興味有りげに言った。 
「従兄弟さ。俺たちの従兄弟に、比嘉敏男という人がいるんだ。俺たちは、敏ちゃんと言ってるんだ。その敏ちゃんなら、可能性があると思うな」 
 正俊はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「どうして、敏ちゃんが、可能性があると比嘉さんは思われたのですかね? その根拠を話していただけないですかね」
 と、下地はいかにも正俊の機嫌を取るかのような表情と口調で言った。
 そんな下地を見て、正俊は機嫌をよくしたのか、正俊はいかにも快活な口調で話し始めた。
「敏ちゃんは、功治と年齢が同じで、子供の頃から、とても仲が良かったんだよ。無論、大人になってからもさ。
 それで、功治が沖縄に戻って来た時には、必ずといっていい位、一緒に酒を飲んでたな。それ故、功治と敏ちゃんとの間柄は、俺と功治との間柄よりも深い位に思えたさ。 
 そんな敏ちゃんだから、功治から、姉崎と功治が仲が悪いというような話を聞かされていたんじゃないのかな。それ故、功治が行方不明になったと聞かされて、姉崎の仕業だとぴんと来たんじゃないのかな。
 それ故、姉崎にそのようなゆすりの手紙を出したのかもしれないな。
 もっとも、敏ちゃんは、姉崎が功治を殺したという証拠を持っていたのかどうかなんてことは俺は分からないが」
 と、いかにも神妙な表情で言った。
 そう正俊に言われ、下地は小さく肯いた。その比嘉敏男という男なら、姉崎を沖縄にまで呼び出した可能性はあると思ったのだ。それで、この辺で正俊への聞き込みを終え、次に比嘉敏男という男から話を聴いてみることにした。しかし、否定されれば、それで終わりだろう。
 それ故、亡き姉崎の部屋で、敏男に関して何か名前のような物証がないものかと、再び帯広署の中野に捜査を依頼して、捜査してもらうことにした。
 すると、意外にも成果を得られることが出来た。というのは、姉崎の部屋にあった物入れの中に入っていた紙切れに、何と比嘉敏男という名前とその携帯電話の電話番号を記したメモ書きが見付かったのだ!
     
 比嘉敏男にとって見知らぬその男が、沖縄県警の下地明警部だと自己紹介されると、敏男の表情は、些か険しくなった。そんな敏男は、沖縄県警の者が一体なの用があるのかと言わんばかりであった。
 案の定、敏男は、
「沖縄県警の刑事さんが、僕に一体何の用があるのですかね?」
 と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
 すると、下地は、
「それに関して、比嘉さんは心当たりあるんじゃないですかね」
 と言っては、にやっとした。その下地の笑みは、何となく嫌味のある笑みであった。
 すると、敏男は言葉を詰まらせた。そんな敏男の沈黙は、敏男に後ろ暗いものがあることを臭わせた。
 それで下地は姉崎三郎が先日ウッパマビーチで他殺体で発見されたことに関して改めて説明し、そして、
「比嘉さんは、そんな姉崎さんの事件に関して何か思うことがあるのではないですかね?」
 と言っては、敏男をまじまじと見やった。そんな下地は、敏男に対して知ってることは何もかも隠さずに話してくださいよと言わんばかりであった。
 すると、敏男は下地から眼を逸らしては、言葉を発そうとはしなかった。そんな敏男を見ると、やはり、敏男には後ろ暗いものが存在してると思わざるを得なかった。
そんな敏男に、
「依然として、敏男さんの従兄弟の比嘉功治さんが、北海道で行方不明になってることを比嘉さんは知ってますよね?」
 そう言っては、下地は唇を歪めた。
 すると、敏男は、下地から眼を逸らせては小さな声で、
「そうだったな」
と言った。
「そうだったなとは、いやに自信無げな言葉ですね。
 で、比嘉さんは、比嘉功治さんの失踪は、功治さんの仕事仲間だった姉崎三郎さんが関係してると疑ってるのですよね?」
 そう下地が言うと、敏男は、
「姉崎三郎? それ、誰かな?」 
 と、おどけたような表情と口調で言った。
 すると、下地は唇に笑みを浮かべては、
「いやに白々しいですね」
 そう言い終えた下地の表情には、笑みは見られなかった。そんな下地は、下手な誤魔化しは通用しないぞと言わんばかりであった。
 そんな下地に、敏男は、
「刑事さんは一体僕に何の用があるのですかね?」 
 と、些か不満そうに言った。そんな敏男は、下地の来訪の目的が分からないと言わんばかりであった。
 そんな敏男に、下地は、
「既に比嘉さんは、従兄弟の比嘉正俊さんから、僕の来訪の目的の説明を受けてると思うのですがね」
 そこまで言及されると、敏男はもう誤魔化せないと思ったのか、
「僕は姉崎が功治ちゃんを殺したという証拠なんて持ってませんよ」
 と、いかにも不貞腐れたように言った。
「だったら、何故最初からそう言ってくれなかったのですかね?」
 下地は些か不満そうに言った。
「だから、最初からそう言うと、僕が姉崎という男を殺したと疑われるのではないかと警戒したのですよ。だからですよ」
 と、敏男はいかにも殊勝な表情を浮かべては言った。
「それに、その手掛かりのようなものを持っていれば、警察に渡すということですよ。それ故、それを警察に渡されたくなければ、沖縄に来るようになんて、姉崎に言いはしませんよ。それは、僕も正俊さんも同じですよ」
 と言っては、敏男は大きく肯いた。
そんな敏男は、それは当然のことだと言わんばかりであった。 
 そう敏男に、言われ、下地は思わず言葉を詰まらせてしまった。敏男が言ったことは、もっともなことだと思ったからだ。
 となると、比嘉正俊も、この比嘉敏男も、姉崎の死には無関係だということなのか? また、中野がもたらした情報は、意味のないものだったのか?
 しかし、下地は、姉崎宅の引出しの中に、敏男の名前と連絡先が書いたメモがあったということを訊いてみると、
「そりゃ、姉崎は功治と付き合いがあったわけだから、功治から僕の名前を聞いていたのかもしれないじゃないか。その程度のことではないのかな」
 そう敏男に言われると、下地はそれ以上、敏男を追及することは出来なかった。 そういった状況の為に、果たして姉崎三郎の事件は解決するのだろうか? そう下地が悲観的な気持ちに陥っても、それは当然のことのように思われた。

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