5 有力な情報
しかし、事件は解決しなかったでは済まされない。
それ故、姉崎の死体が発見されたウッパマビーチ周辺などで立て看板を立てたりして、市民に情報提供を呼び掛けていたのだが、すると、その一週間後に、注目すべき情報を入手することが出来た。その情報は、近くのホテルで働いていた糸数由紀子(40)という女性からもたらされた。由紀子は、姉崎の事件の捜査本部が置かれている名護署にやって来ては、
「私、ウッパマビーチで姉崎という北海道の人の事件があった少し前に、妙な場面を目撃してしまったのですよ」
と、いかにも神妙な表情で言った。
「妙な場面? それ、どんな場面ですかね?」
下地はいかにも興味有りげな表情を浮かべては言った。
「ウッパマビーチで、女性が不審な男に乱暴されそうになったのですよ。その場面にもう一人の男が突如現れたかと思うと、その二人が争いとなったのですよ。
私はその場面をかなり離れた所から双眼鏡を使って見ていたのです。
でも、それからどうなったのかは詳しくは分かりません。というのも、もし私がその場面を密かに見ていたということが、その男に知られてしまえば、何をされるか分からないですからね。ですから、私は怖くなってしまい、その場から慌てて離れたというわけですよ」
と、由紀子はいかにも決まり悪そうに言った。
そう由紀子に言われ、下地は思わず腕組みをしては、渋面顔を浮かべた。その由紀子が言ったことが、何を意味してるのか、それは十分に理解出来たからだ。
即ち、由紀子は姉崎殺しの場面を偶然に眼にしたのだ。
そう理解すると、下地は、
「よくぞ話してくださいました。でも、糸数さんは、今の糸数さんの話がどういったことを意味してるかは、十分に理解されてるのですよね」
そう下地が言うと、由紀子は下地から眼を逸らせては、言葉を詰まらせてしまった。そんな由紀子は、今の由紀子の証言がいかに重要なものかを十分に認識してるかのようであった。
そんな由紀子に、下地は、
「どうして、もっと早くその情報を我々に知らせてくれなかったのですかね?」
そう下地は言ったものの、そんな下地の表情と口調には、何ら由紀子を非難するようなものは見られなかった。
すると、由紀子は、下地を恐る恐る見やっては、
「やはり、私の証言が捜査に与える影響を考えますと、あっさりと証言するには気が退けましたので」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
そう由紀子に言われると、下地は小さく肯いた。由紀子の気持ちを理解出来たからだ。
そんな下地は、
「つまり、糸数さんが眼にされた場面は、姉崎さんの事件の真相を説明しているということなんですね」
と、由紀子の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、由紀子は黙って肯いた。
そんな由紀子に、下地は、
「で、糸数さんは、姉崎さんはどちらの男性だと思われてるのですかね? つまり、女性に抱き付いた方なのか? それとも、後からやって来た方なのか?」
そう下地に言われると、由紀子は、
「それが、そのどちらかまでは分からないのですよ。何しろ、双眼鏡で見てただけなので、その詳細までは分からないのですよ。何しろ、二人とも、知らない顔でしたので」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
由紀子はそう言ったものの、そのどちらかに違いないだろう。
それ故、まずそのどちらなのか、明らかにしなければならないだろう。
そこで、その男性に抱き疲れた女性を見付け出す捜査をすぐに行なわなければならないだろう。
それ故、新聞等でその女性に警察に情報を提供してくれるように呼び掛けた。
すると、その三日後に、その女性と思われる女性が名護署に姿を見せた。その女性はすらっとした身体つきで、なかなかの美人だった。そして、又吉真知子と名乗った。
そんな真知子は、下地に小さな会議室に連れて来られると、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、言葉を詰まらせてしまった。そんな真知子は、どうやら怖気づいてしまったようだった。
それで、下地は、
「もっと気を楽にしてくださいな」
と、いかにも穏やかな表情と口調で、真知子の気分を解すかのように言った。
すると、真知子はおどおどしたような表情を浮かべては、
「ウッパマビーチで不審な男に抱き付かれたというのは、実は私なのですよ」
と、いかにも決まり悪そうに言った。そんな真知子は、真知子のその事件が殺人事件のきっかけとなったのではないかと察知し、いかにも決まり悪そうだった。
そんな真知子に、下地は、
「詳しく話してもらえますかね」
と、いかにも穏やかな表情と口調で言った。
「十月二十日の午後四時頃のことでした。私は気分転換がてら、ウッパマビーチに来ては海を見ていたのですが、すると、いつの間にやら、何となく人相の悪い男が近付いてきたかと思うと、突如、私に抱きついてきたのですよ。
私は、『キャー』という声を上げたのですが、周りには誰もいません。私の叫び声を耳にする人は誰もいなかったのですよ。
そして、男はどうやら、私身体が目当てみたいでした。つまり、痴漢ですよ。何故なら、男は私のおっぱいを揉み揉みし始めたからです。
私は何とか逃れようとしたのですが、男の力はなかなか強く、このままでは男の行為は更に進展するのではないかと、私は危惧しましたが、すると、その時、別の男が突如、私たちの前に現れたかと思うと、何とその男の首にロープのようなものを巻きつけたのですよ。
それを受けて、私はその場から逃げるように後にしたのですよ」
と、真知子は興奮の為か、いかにも声を震わせては言った。そんな真知子は、今でもその興奮は決して忘れることは出来ないと言わんばかりであった。
そんな真知子に、下地は、
「この男が又吉さんを襲った男ですかね?」
と言っては、姉崎の写真を差し出した。更に、その男の服装は黒のシャツに白のズボンであったということも付け加えた。
すると、真知子は、
「その男の身体つきはどんなものですかね?」
「身長167センチ、体重60キロ位ですね」
すると、真知子は大きく肯いた。そんな真知子は、真知子に抱きついたのは、その男に違いないと言わんばかりであった。
「では、又吉さんを襲った男の首にロープのようなものを巻きつけた男は、どんな男でしたかね?」
「何となく陰気そうで、髪を少し茶色に染めてました。しかし、それ以上のことは覚えてないです」
真知子はそう言ったものの、下地は些か納得したように肯いた。これによって、捜査は大いに前進したからだ。即ち、これによって、姉崎を殺したのは、真知子を姉崎が襲ってる時に、やって来た新たな男であるということが明らかになったからだ。しかし、その男の情報は、皆目ない。しかし、真知子はその男のものと思われる車を覚えていた。何故なら、真知子がウッパマビーチを後にした時に、その男のものと思われる車が近くに停められていたからだ。真知子が来た時になかったことからその可能性は高いというものだ。
そして、その車はトヨタのパッソで色は赤。ナンバーも比較的覚えやすいものであったことから、下地たちはその車の該当車の絞り込みを早速行なってみた。
すると、程なく一人の男が浮かび上がった。 その男の姓名は、与那嶺邦夫(35)で、名護市に居住してる男だった。しかし、与那嶺の職業とかいったものは、まだ明らかにはならなかった。しかし、前科者ではなかった。
そんな与那嶺から話を聴く為に、下地は山田刑事(33)と共に、早速与那嶺宅を訪れてみることにした。
その日の午後七時頃、与那嶺宅を訪れたところ、与那嶺は在宅していた。そんな与那嶺は、中肉中背で、髪を少し茶色に染めていた。何となく陰気な感じであった。そんな与那嶺を見て、やはり、ウッパマビーチで姉崎を殺したのは、与那嶺である可能性は十分にあると、下地は思った。何故なら、真知子の証言と合致していたからだ。
そんな下地は、与那嶺と対面すると、早速警察手帳を見せた。
だが、与那嶺は特に表情の変化を示さなかった。
そんな与那嶺に、下地は、
「与那嶺さんに少し聴きたいことがあるのですがね」
と言っては、眉を顰めた。
すると、与那嶺は、
「僕に聴きたいこと?」
と言っては、怪訝そうな表情を浮かべた。そんな与那嶺は、警察に話を聴かれるような覚えはないと言わんばかりであった。
そんな与那嶺に、下地は、
「与那嶺さんは、今、どういったお仕事をされてるのですかね?」
そう言った下地は、穏やかな表情を浮かべていた。
すると、与那嶺の表情は、些か歪んだ。そんな与那嶺は、そのような問いに答えたくはないと言わんばかりであった。
案の定、与那嶺は、
「そのことが何か問題なのですかね?」
と、些か納得が出来ないように言った。そんな与那嶺は、そのような問いに答える必要があるのかと言わんばかりであった。
すると、下地は些か表情を引き締めては、
「では、十月二十日の午後四時から五時頃に掛けて、与那嶺さんは何処で何をしていましたかね?」
と、早速、姉崎の死亡推定時刻の与那嶺のアリバイを確認してみることにした。
すると、与那嶺は少しの間、言葉を詰まらせたが、
「僕はそのような問いに答える必要があるのですかね」
と、些か不満そうに言った。
「それが、答える必要があるのですよ」
と言っては、下地は小さく肯いた。
「どうしてなんですかね?」
与那嶺はいかにも納得が出来ないように言った。
「与那嶺さんは、十月二十日にウッパマビーチで発生した事件のことを知ってますかね?」
そう言っては、下地は与那嶺の顔をまじまじと見やった。そんな下地は、今の下地の問いに対する与那嶺の表情の変化を具さに見ようとせんばかりであった。
だが、与那嶺はそう言われても、特に表情の変化を見せようとはしなかった。
そんな与那嶺は、
「知らないですね」
と、突っけんどんに言った。
「新聞を見ないのですかね?」
「うちは新聞を取ってないのです」
そう言っては、与那嶺はにやっとした。
「そうですか。では、その事件の詳細を説明することにしますね」
そう言っては、下地は姉崎の事件の詳細を与那嶺に説明した。
与那嶺はそんな下地の説明に何ら言葉を挟まず黙って耳を傾けていたが、下地の説明が一通り終わっても、特に言葉を発そうとはしなかった。そんな与那嶺は、そのような事件に何ら関係ないと言わんばかりであった。
だが、下地は、
「実はですね。その姉崎さんの首を絞めた男性のことを近くで眼にしていた人物がいましてね」
そう下地が言うと、この時、与那嶺の顔色が初めて些か青ざめた。そんな与那嶺の表情の変化を下地はすかさず眼に捉えた。
そんな下地は、真知子が眼にしたという姉崎の首を絞めた男性の特徴を与那嶺に丁寧に説明した。
すると、与那嶺は、
「それがどうかしたのですかね?」
と、いかにも不貞腐れたような表情を浮かべた。
「どうかしたもどうも、その男性の特徴は与那嶺さんにとてもよく似てるじゃないですか」
と言っては、下地は唇を歪めた。
「似てる人物は、世の中にいくらでもいますからね」
と、与那嶺は下地の話は話にならないと言わんばかりに言った。
それで、下地はその近くに赤のパッソが停められていたということと、与那嶺の車も赤のパッソだということを説明した。
すると、与那嶺は、
「そんなの単なる偶然ですよ」
と言っては、失笑した。そんな与那嶺は、正に下地の推理は話にならないと言わんばかりであった。
すると、この時点で下地は真知子が語ったパッソのナンバーのことを話した。
すると、与那嶺は、
「それ、出鱈目ですよ。その証言者は僕に何か恨みでもあるんじゃないですかね? だから、故意に僕が不利になるような出鱈目の話を刑事さんに次から次へと話したのではないですかね」
そう言っては、下地を睨め付けた。
そんな与那嶺は、そうに違いないと言わんばかりであった。
下地はいえば、そう言われ、思わず言葉を詰まらせてしまった。そう指摘されてしまえば、その可能性が全く有り得ないというわけでもなさそうだからだ。
そんな下地を見て、与那嶺は薄らと笑みを浮かべた。今の与那嶺の言葉がまるで下地にボディブローのように効いたということを実感したからだ。
そう理解した与那嶺は、
「そうに決まってますよ! 刑事さん! その者、つまり、僕と思えるような人物が姉崎という人を殺したと証言した者こそ、真犯人ですよ!」
と、まるで勝ち誇ったように言った。
それで、下地はこの辺で与那嶺から話を聴くのを一旦中断し、その与那嶺の推理に基づいて、今度はその証言を警察にもたらした又吉真知子と与那嶺との関係をまず捜査してみることにした。