2 自殺なのか

 身元が明らかになったとなれば、早速春川美紀に関する情報を入手しなければならない。何しろ、春川美紀は、まだ自殺なのか他殺なのか分かっていないのだから。
 もっとも、遺体が見付かった時の状態から、自殺である可能性が高いというものだ。
 しかし、自殺に見せかけた殺人という可能性もある為に、安易に自殺だと結論付けるのは危険だろう。
 それ故、山村たちは、まず美紀の情報を入手しようとした。
 だが、美紀には家族はいないとのことだ。それ上、友人を見付け出し、話を聞く必要があるだろう。
 そして、美紀の友人の情報を入手する為に、亡き美紀の部屋に入った。そして、美紀のアドレス帳から、美紀の友人のことが分かり、早速電話してみることにした。
 すると、すぐ情報を入手することが出来た。その情報を提供したのは、長崎弘美という美紀と高校時代からの友人だったという女性であった。
 弘美は、
―春川さんは、自殺したのかもしれませんね。
 と、神妙な表情を浮かべては言った。
「自殺ですか。どうしてそう思われるのですかね?」
 山村も神妙な表情を浮かべては言った。
―春川さんは、失踪した当時、とても落ち込んでいたからです。
 弘美は表情を曇らせては言った。
「落ち込んでいた? どうして落ち込んでいたのですかね?」
 山村は興味有りげに言った。
「何でも春川さんは子供の死に関係したみたいだからです。そして、春川さんは、その子供の親から随分とひどい暴言を浴びせられたみたいなんですよ。
 それで、春川さんはとても落ち込んでいたのですよ。
 それで、春川さんは自殺したのかもしれないということなんですよ。ワッカ原生花園を死に場所に選ぶなんて、春川さんらしいとも思えるのですよ。
 と、弘美は冴えない表情で言った。
 そう弘美に言われても、山村は弘美が言ってることの意味が分からなかった。
 それで、
「春川さんが子供の死に関係してるとは、どういうことなんですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
「サロマ湖に鶴沼というサンゴの群落を眼に出来る場所があるのですが、その鶴沼に、春川さんはサンゴソウが真っ赤になった去年の九月の終わり頃に一人で行ったのですよ。そして、サンゴソウを見物していたのですよ。
 で、鶴沼のサンゴソウ群落地には、岸から向こう岸まで吊り橋が掛けられてるのですが、春川さんはその吊り橋を渡っては、向こう岸でサンゴソウを見物していたのですよ。
 すると、少しして、子供二人と、その母親の三人が吊り橋を渡り始めたのですよ。
 そして、半分程進むと、そこで立ち止り、そこでサンゴソウを見物していたのですが、少しして、母親がその場所に子供二人を残し、近くにあるトイレに向かったのですよ。
 それで、その二人が吊り橋に残されたのですが、子供二人が吊り橋の上でふざけ合ってる内に、一人の子供が吊り橋からサロマ湖に落ちてしまったのですよ。
 落ちた子供は、まだ小学校に入る前位の子供だったのですが、その子供は少しの間、水面上でもがいていたのですが、やがて溺死してしまったのですよ。
 そして、もう一人の子供が母親に、その子供がサロマ湖に落ちたことを知らせに行ったのですが、母親が吊り橋に戻った時には、既に子供はサロマ湖の底に沈んでいたというわけですよ。
 で、母親は春川さんのことをその場で、
『薄情者!』
 と、強い罵声を浴びせたそうです。
 つまり、何故春川さんは子供を助けなかったのかということですよ。
 でも、春川さんは泳げなかったのです。
 それに、子供が落ちた場所がどれ位の深さなのかも分かりません。
 それで、春川さんはどうしようもなかったみたいです。
 でも、春川さんはその母親から強い罵声を浴びせられた為に、とても傷ついてしまったというわけですよ。そして、すっかりと落ち込んでしまったというわけですよ。
 それで、春川さんは自殺してしまったのかもしれないというわけですよ。
 と、弘美は神妙な表情を浮かべては言った。
 その弘美の説明を耳にし、山村は〈成程〉と思った。
 何しろ、春川美紀は、不遇な女性だったとのことだ。それ故、ただでさえも、性格的に暗い女性であったと察せられる。
 そんな美紀が、弘美が言ったような出来事に見舞われてしまえば、ショックで大いに落ち込んでしまい、その結果、自殺したのかもしれない。それが、美紀の死の真相なのかもしれない。
 とはいうものの、弘美からはもう少し話を聞いてみる必要があるだろう。
「今の話は、春川さんから直に聞いた話なのですかね?」
―そうです。でも、私に死にたいと言ったわけではありませんよ。
「成程。で、春川さんは不遇な女性だったのですよね?」
―まあ、そんな感じですかね。
「ということは、春川さんは暗い感じの女性だったにのですかね?」
―いいえ。決してそうではなかったですよ。でも、その事件に見舞われてから、人が変わったように、暗い感じになってしまいました。
 と言っては、弘美は眼頭をハンカチで抑えた。
 そして、そんな弘美への聞き込みをこの辺で一旦終わらせることにした。
 今の長崎弘美の話から、どうやら、春川美紀は自殺したみたいだ。
 美紀は、美紀に責任がないにもかかわらず、サロマ湖で溺死した子供の母親から罵声を浴びせられ、ショックで落ち込んでしまい、冬のワッカ原生花園で睡眠薬を呑んで自殺したというわけだ。不遇の下で育った美紀は、もうこれ以上、逆境というものに耐えられなかったのかもしれない。
 そう思うと、山村は些か納得したように小さく肯いた。これによって、春川美紀の事件は解決したと思ったからだ。
 そして、後は美紀に罵声を浴びせたという子供の母親に会って少し話をし、美紀の事件を終結させよう。
 山村はそう思ったのだが、そんな山村の前に、山村が思いもよらなかった情報をもたらした人物が現れた。何故なら、その人物は何と春川美紀は、殺されたと言ったのだ。それで、その人物に会い、早速話を聞いてみることにした。

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