5 元探偵の証言

 田代は四階建の瀟洒なマンションの三階に住んでいた。
 山村がインターホンをと「はい!」という聞き覚えのある声がした。即ち、田代守の声であった。
 それで、山村は自らのことを述べた。
 すると、少しして玄関扉が開き、田代が姿を見せた。
 そんな田代は、怪訝そうな表情を浮かべていた。そんな田代は、何故山村がやって来たのかと言わんばかりであった。
 そんな田代に、山村は、
「田代さんと少し話がしたいのですがね」
「僕と? どんな話ですかね?」
 ポケットに手を入れたまま、田代はさして興味が無さそうに言った。
「田代さんは先日、網走署にまで来てくださっては、ワッカ原生花園で死体で見付かった春川美紀さんは、君島良人という人物に殺されたと言われましたね?」
 そう山村が言っても、田代は言葉を発そうとはしなかった。
 それで、
「田代さんは、今でも、そう思ってますかね?」
 と、山村は田代の顔をまじまじと見やっては言った。
「そりゃ、思ってますよ」
 と、田代は特に表情を変えずに、淡々とした口調で言った。
「じゃ、どうして田代さんはその田代さんの推理を警察に話す気になられたのですかね?」
「どうしてって、春川さんの死はまだ自殺なのか他殺なのか、分かっていないのですよね。だったら、僕の推理が事件解決に繋がればと思い、話しただけなんですよ」
 と、正に善良な市民として、当然のことをしたまでだと言わんばかりに言った。
「そうですか。で、我々は田代さんのその推理に基づいて、君島良人さんから話を聴いてみたのですよ。しかし、その推理は全くの出鱈目だと激怒してましたよ」
「そりゃ、当然ですよ! 犯人が率直に自分が犯人ですよなんて、言わないですよ。そんなこと、当り前じゃないですか!」
 と、田代は笑みを浮かべては、いかにもおかしそうに言った。
「でも、君島さんは、十一月十日に、春川美紀さんという女性が札幌に来るということを知らなかったと言ってましたがね。もっとも、友美さんの友人が来るということは耳にしていたらしいですがね」
 と、山村が眉を顰めて言うと、田代は、
「そんなの嘘に決まってるじゃないですか! 僕はその話を君島友美さんから耳にしてるのですよ。友美さんが十一月十日に友美ちゃんの友人の春川さんが、札幌に来るということを君島良人さんに話したということを。無論、君島さんは、春川さんが森山さんにとってどういった女性なのかを知っていますよ。
 それ故、春川さんを大介君殺しの罪に擦り付けようとしたのですよ。
 しかし、春川さんは警察からシロと看做されたので、自殺に見せ掛けては殺したのですよ。つまり、大介君を殺した為に良心の呵責に苛まれ、自殺したと世間に思わせようとし、春川さんを殺したというわけですよ。
 そりゃ、この推理が100パーセント正しいと言ってるわけではないですよ。しかし、刑事さんも僕にそう言われれば、その可能性は充分にあると思ったのではないですかね?」
 そう田代に言われると、山村もそう思わないわけでもなかった。それ程、今の田代の説明は説得力があったのだ。
 そんな田代に、山村は、
「じゃ、今も田代さんは大介君を探してるのかね?」
「今は探してないですよ」
「いつ頃、探すのを止めたのですかね?」
「大介君が行方不明になってから、一ヶ月程経った頃ですかね」
「どうして止めたのですか?」
「森山さんがもう探さなくてよいと言ったからですよ」
「どうして森山さんはそう言ったのでしょうかね?」
「そりゃ、金が掛かるからじゃないですかね。人探しは結構金が掛かりますからね。いくら森山さんが金持ちだといっても、無駄な出費は止めようと思ったのかもしれないですね」
「ということは、森山さんはこれ以上、大介君を探しても見付からないと思ったのでしょうかね?」
「そうかもしれませんね」
 と、田代は神妙な表情を浮かべては言った。
 そんな田代に山村は、
「でも、妙ですね」
 と、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「何が妙なんですかね?」
 田代も神妙な表情を浮かべては言った。
「田代さんは何故今になって、君島さんが大介君を誘拐しては殺したなんてことを我々に話したのですかね? 大介君が行方不明になって、もう八ヶ月も経過してるのですよ。それ故、君島さんが怪しいと思っていたのなら、もっと早い時期に我々に君島さんの事を話した筈なのですがね」
 と、山村は些か納得が出来ないように言った。
「そりゃ、もっと早くそう言うべきだったのですがね。しかし、やはり、自信が無かったのですよ。
 しかし、春川さんの死を受けて、ピンと来たというわけですよ。それが今まで何度も話してる僕の推理だというわけですよ」
「でも、本当に君島さんが春川さんを殺したのでしょうかね?」
「その可能性が高いと思いますよ。何しろ、君島さんは、春川さんが大介君を誘拐しては殺したのではないかと疑われてることを知っています。
 それ故、春川さんを殺しては、春川さんに大介君殺しを擦りつけ、大介君の事件を終結させようとしたのですよ。
 このことは、以前説明した通りですよ」
 と、田代は正にそれが春川美紀の死の真相だと言わんばかりに言った。
「でも、君島さんは、春川さんの事件とは関係無いと言ってましたよ」
「犯人が最初から自らの犯行を認めはしませんよ」 
 と、田代は思わず笑みを漏らした。そんな田代は、山村のことを間抜けな刑事だなと、まるで嘲笑ったかのようであった。
「では、田代さんは最近になって、森山さんから仕事を請け負ったりしてるのですかね?」
「いや。それはないですよ。以前も言ったように、僕はもう探偵事務所を辞めてますからね」
「じゃ、田代さんは今、どのような仕事をされてるのですかね?」
 そう山村が言うと、田代はむっとした表情を浮かべては、
「そのようなことまで答えなければならないのですかね?」
「答えたくなければ、答えなくてもいいですよ。
 それはともかく、妙な情報も入手してるのですがね」
 と、山村は神妙な表情で言った。
「妙な情報? それ、どんな情報ですかね?」
 田代は眉を顰めては言った。
「大介君を誘拐したのは、森山夫妻ではないかという情報ですよ」
 そう山村が言うと、田代は呆気に取られたような表情を浮かべては、言葉を詰まらせた。
 それで、山村は、
「つまり、森山夫妻は世間を欺いたというわけですよ。まさか、実親が誘拐犯だとは誰も思いませんからね。
 で、何故そのようなことをやったのかと思いますかね?」
「分からないですね」
 田代は神妙な表情で小さく頭を振った。
「何故そのようなことをやったのかというと、大介君は森山さんの先妻との間の子供なんですよ。
 それ故、後妻である道代さんとの新たな生活を始めるのは、大介君の存在は邪魔になって来たのですよ。
 それ故、森山さんは大介君が誘拐されたと思わせ、実際には森山さんは大介君を殺したというわけですよ。
 こういった見方を出来ないわけではないのですがね」
 そう言っては、山村は田代の顔をまじまじと見やっては言った。そんな山村は、今の山村の言葉に、田代がどのような反応を示すか、具に見ようとしたかのようであった。
 田代はといえば、いかにも険しい表情を浮かべては、言葉を詰まらせた。そんな田代は、山村の言葉に何と言うべきか、懸命に考えてるかのようであった。
「どうですかね? その推理は?」
「僕はその推理は信じられませんね。森山さんはそのようなことはしないと思いますよ」
 そして、この辺で、山村は、田代への捜査を終え、田代宅を後にした。
田代と話をしてみて、特に成果を得ることは出来なかった。田代は君島良人が大介と春川美紀を殺したと主張し、また、君島は大介を殺したのは、森山夫妻だと主張した。どちらの主張が正しいのか? あるいは、この二つ以外に別のケースが存在してるのか?
 山村は今の時点ではよく分からなかった。ただ言えるのは、春川美紀の事件の捜査は、進展を見せてないということだ。

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