6 友人だった者の証言
そんな折に、豊平署を君島友美という女性が訪ねて来た。
だが、池谷は君島友美と言われても、それがどういった女性なのか、ピンと来なかった。
それで、友美は自らが春川美紀の友人だった者だと言われ、やがて、友美のことを思い出した。友美は、池谷が捜査した君島良人の姪なのだ。
その春川美紀のことで話したいことがあると言ったのだ。
それで、池谷はとにかく、友美を応接室へと案内し、そこで友美から話を聞くことになった。
友美は、ソファに腰を下ろすと、池谷は、
「君島さんは春川美紀さんのことで我々に話したいことがあるとか」
と、神妙な表情で言った。池谷はそれがどのようなことなのか、てんで心当りなかったのだ。
そんな池谷に、友美は、
「警察は森山大介君の行方が分からなかった頃、春川さんが札幌にいた為に、春川さんが大介君を誘拐したのではないかと、春川さんに疑いの眼を向けたことがありましたね」
そう友美に言われ、池谷は、
「そうでしたね」
と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「で、今も春川さんのこと疑ってるのですかね?」
「いいえ。今はその可能性はないと思ってますがね」
と、池谷はとにかくそう言った。
すると、友美は些か安堵したような表情を浮かべては、
「実は、私、春川さんからとても興味深い話を聞かされてるのですよ」
と、神妙な表情を浮かべては言った。
「興味深い話? それ、どんなものですかね?」
池谷は好奇心を露にした表情で言った。
「春川さんは、大介君が行方不明になった日に、釧路から列車に乗って札幌に来たのですが、うちに来る時に、市電のすすきの駅に向かって札幌駅前通りを歩いていたのですよ。うちは藻岩山の近くにあるから、春川さんは、すすきの駅で市電に乗ってロープウェイ入口駅で降りたというわけですよ。
で、春川さんはすすきの駅に行く為に、札幌駅前通りを歩いていたのですが、すすきのの近くの交差点で妙な光景を眼にしたというのですよ。
それは、信号待ちで交差点に停まっていた車にふと眼をやったところ、何と森山さんが運転する車を偶然に眼にしたというのですよ。そして、その助手席には何と大介君が乗っていたというのですよ。
春川さんは、森山さんの顔は、はっきりと覚えています。何しろ、サロマ湖の鶴沼で、春川さんがサンゴソウ見物していた時に、大介君の弟の慎一君がサロマ湖に落ちて死んでしまい、その件で春川さんは森山さんの妻の道代さんから強い罵声を浴びせられましたからね。
そして、その時に、森山さんと大介君も一緒にいたので、春川さんは森山さんと大介君の顔をはっきりと覚えていたのですよ。
で、春川さんはそのことを私の家に来た時に、すぐに話しました。そして、春川さんがその交差点で森山さんと大介君を眼にした頃、大介君が行方不明になったなんて、まるで知らなかったのですよ。
で、その後、春川さんは警察から大介君を誘拐したのではないかと疑われ、刑事さんは春川さんと話をしたのですが、その時に、今のことを春川さんは刑事さんに話したでしょうかね?」
と、友美は池谷の顔をまじまじと見やっては言った。
「いや。そのような話は聞いたことがありませんね」
と、池谷は困惑したような表情を浮かべては言った。正に、その話は初耳であったのだ。また、池谷が知らない位だから、警察関係者でそのことを知ってる者は誰もいないだろう。
友美はといえば、渋面顔を浮かべては言葉を詰まらせた。何故なら、友美は美紀はそのことを警察に話したと思っていたからだ。
それで、友美はその思いに言及した。そして、友美は、
「恐らく、春川さんはまさか、大介君の失踪に森山さんが関係してるなんて、思ったことがなかったのでしょう」
と、渋面顔を浮かべた。
山村と池谷は、友美は君島良人の推理と同じような推理をしたと思ったのだが、とにかく、山村は、
「それはどういう意味なんですかね?」
と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「大介君が行方不明になった時間をもう一度説明してもらえないですかね?」
「午後三時から五時頃ですね」
と、池谷は言った。
「そうですよね。で、春川さんがすすきのの交差点で森山さんと大介を眼にしたのは、午後三時半頃だったのですよ。このことが何を意味してると刑事さんは思いますかね?」
と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
「そりゃ、その春川さんの言葉が正しいのであれば、大介君は誘拐されたのではないということになるんじゃないかな」
と、池谷は眉を顰めては言った。
そう池谷に言われると、友美は些か納得したように小さく肯いた。友美は友美が言わんとすることを池谷が理解してくれたと思ったからだ。
そんな友美からはすぐに笑みは消え、そして、意を決したような表情を浮かべては、
「つまり、大介君の事件は自作自演であったのではないでしょうか?」
と、眼を大きく見開き、そして、小さく肯いては言った。
「自作自演?」
池谷は無論、友美が言わんとしてることは分かったが、とにかく眼を白黒させては言った。
「ええ。そうです。つまり、森山さんは大介君の行方を知ってるにもかかわらず、世間には大介君が誘拐されたと思わせたということですよ」
と、友美はいかにも険しい表情を浮かべては言った。
「成程」
池谷は友美の言葉に率直に肯いた。
「そうですよ! そうに違いありません!」
友美は甲高い声で言った。そして、
「更に、私は春川さんからもう一つ、興味深い情報を入手してるのですよ」
と、友美は些か興奮気味に言った。
「それはどんなことですかね?」
池谷は好奇心を露にしたような表情で言った。
「春川さんはその日、釧路から列車に乗って来たのですが、春川さんは何と釧路駅構内で、森山道代さんを見たというのですよ。森山道代さんとは、無論大介君のお母さんですよ。
で、このことは、何を意味してるか、刑事さんは分かりますかね?」
そう友美に言われ、池谷は言葉を詰まらせた。何故なら、今の友美の問いに対する返答を見出せなかったからだ。
だが、程なく〈そうだ!〉と、心の中で叫んだ。何故なら、友美が言わんとしてることが分かったからだ。
即ち、美紀が道代のことを釧路駅構内で眼にしたように、道代も美紀のことを眼にした。
それで、道代は美紀の後をつけた。
そして、美紀が札幌駅で降りたのを確認すると、件の計画、即ち、大介が誘拐されたと見せ掛け、殺したという計画を実行したのである!
もっとも、札幌に着いてからの美紀の行動までは、道代には分からなかったであろう。
しかし、美紀が森山に恨みを持ってることは確実だ。それ故、美紀が札幌に来た頃、大介が行方不明になれば、美紀が大介の誘拐犯として浮上する可能性はある!
それを森山夫妻は狙ったのではないのか?
池谷はそのように思ったのだ。
それで、池谷は少しの間、険しい表情を浮かべては言葉を詰まらせていると、そんな池谷に友美は、
「刑事さんは、どう思いますかね?」
と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
それで、とにかく、森山が大介を何者かに誘拐されたと思わせては、どうにかしたのではないかという思いに言及した。
すると、友美はいかにも険しい表情を浮かべては、
「実は私もそう思ってるのですよ」
と、いかにも険しい表情を浮かべては言った。そして、
「で、春川さんの死は、どのように思ってるのですかね?」
と、池谷の顔をまじまじと見やっては言った。
「それが、まだ今の時点では、はっきりしたことは分からないのですよ」
と、池谷はいかにも決まり悪そうな表情で言った。
「ということは、他殺の可能性もあるのですかね?」
「その可能性が全くないとは言えません。
もっとも、春川さんの遺体が見付かった時の状況からすると、自殺した可能性が高いと思われるのです。春川さんはまるで家で眠ってるかのような恰好で見付かりましたからね。そして、その傍らには、睡眠薬の小瓶が置かれていたのですよ。
この状況から、春川さんは自殺した可能性は充分にあると思うのですよ」
「その反面、殺されてから遺棄されたという可能性も十分にあるのではないでしょうか」
と、友美は渋面顔を浮かべいては言った。
そう友美に言われると、池谷も渋面顔を浮かべた。池谷も美紀の死の真相が分からなかったからだ。
それはともかく、友美はこれで警察に話したいことは話したというので、この辺で友美は署を後にした。
友美から入手した情報は、確かに捜査を前進させることは出来た。即ち、大介の事件の黒幕は森山であったという思いを一層強めたというわけだ。
しかし、今の友美の証言だけでは、大介の事件で森山夫妻を追及することは出来ないというものだ。また、美紀の証言が出鱈目だと言われてしまえば、反論することも出来ないであろう。
さて、困った。
池谷が担当してる大介失踪の事件の捜査は進展したかのように思えたのだが、結局はさして進展していないのだ。
また、山村が担当してる春川美紀の事件も同様だ。
しかし、池谷が君島友美と豊平署で話をして二日後に、春川美紀の事件を一気に進展させる情報が網走署にもたらされたのだ。