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前田夫妻からの通報を受け、現場にはやがてパトカーがやって来た。
そして、早々と男性の死を確認した。
やがて、救急車もやって来ては、男性を阿蘇市内のN病院へと運んで行った。
男性が発見された時の様からして、男性の死は殺しによってもたらされた可能性が高かった。
それで、男性は直ちに司法解剖されるに至った。
すると、その結果は意外なものとなった。
というのは、男性の死は絞殺と予想されていたのだが、実際はそうではなく、男性の死は脳挫傷によってもたらされたことが明らかとなったからだ。
では、首の前方部に何故鬱血痕が見られるのかというと、まだよく分かってはいなかった。しかし、絞殺でないことは明らかであった。
それはともかく、男性の死が殺しによってもたらされたかどうかは、今の時点では結論することは出来なかった。
しかし、死体遺棄事件であることには違いなかった。
それで、阿蘇署の中垣治警部(53)が捜査を担当することになった。
そんな中垣は、捜査の定番どおり、まずこの男性の身元捜査から取り掛かることになった。
すると、それは程なく明らかになった。というのは、男性の遺体が見付かった場所からさ程離れてない所に、パッソが停められていたのだが、そのパッソの持ち主が、遺体で見付かった男性ではないかと中垣は看做し、そのパッソが捜査されたのだが、すると、案の定、そのパッソの中から男性の免許証が見付かったからだ。
それによると、男性は中田耕平という熊本市内に住んでいた五十五歳であった。
それで、早速、中田の家族に連絡を取ろうとしたのだが、何故かそれがうまくいかなかった。
それで、中田のことを調べてみると、中田は一人暮らしであることが分かった。
そんな中田は、久住高原ロードパークにパッソでやって来たが、何者かとトラブルが発生し殺されたか、また、別の場所で殺され、パッソと共に久住高原ロードパークにまで運ばれて来たかであろう。
それで、中垣は中田宅の近所の住人からまず話を聞いてみるとにした。
すると、中田宅の隣に住んでいた遠藤勝という六十歳の男性は、中垣から中田の死を聞かされると、
「ふむ」
と言っては、険しい表情を浮かべた。そんな遠藤は、中田の死に関して、何か心当りあるかのようであった。
それで、中垣は、
「中田さんの死に関して、何か心当りありますかね?」
と、いかにも興味有りげに言った。
すると、遠藤は、
「中田さんは、トラブルの多い人でしたからね」
と、渋面顔で言った。
「トラブルの多い人、ですか……」
中垣は興味有りげに言った。
「そうですよ。正に、トラブルメイカーだったですよ。中垣さんは」
と、遠藤は再び渋面顔で言った。
「どういったトラブルを起こしていたのですかね?」
中垣は興味有りげに言った。
「犬ですよ。犬に絡んだトラブルを数多く引き起こしていたのですよ」
と、遠藤はいかにも渋面顔を浮かべては言った。
「犬に絡んだトラブルですか……。それ、どういったものですかね?」
中垣は再び興味有りげに言った。
「少しでもうるさい犬がいると、その犬に毒団子を食べさせては殺したりするのですよ。うちの犬もやられたですよ」
と、遠藤は神妙な表情で言った。
すると、中垣は、
「ちょっと待ってくださいよ。どうして中田さんがおたくの飼い犬に毒団子を食べさせたということが分かるのですかね?」
と、眼を大きく見開いては言った。そんな中垣は、それは早合点というものではないかと言わんばかりであった。
すると、遠藤は、
「毒団子を食べて死んだ犬は、うちの犬だけではないのですよ。この辺では、後四件は被害に遭ってるのですよ」
と、いかにも不快そうに言った。
「ですから、何故、それが中田さんの犯行だと分かるのですかね?」
と、中垣は些か納得が出来ないように言った。
そう中垣に言われると、遠藤は少しの間、言葉を詰まらせた。
だが、やがて、
「ですから、中田さんは、大の犬嫌いなんですよ。それで、何度も何度も文句を言いに来たのですよ。少しでも吠えてみろ! ただじゃ、すまないぞとね」
と、遠藤はいかにも険しい表情で言っては、大きく肯いた。
「何度って、具体的には何度位なんですかね?」
「十回位かな。で、そのように言われたのは、うちだけではないのですよ。この辺では、後四件はあるということですよ。ですから、我々の犬が殺されたのは、皆、中田の仕業だとわれわれは思ってるのですよ」
と、遠藤はいかにも険しい表情を浮かべては言った。
「なるほど。でも、そうだからといって、中田さんの仕業だと断定は出来ないのではないですかね」
と、中垣。
「そりゃ、そうですが……。でも、我々の飼い犬が相次いで妙な死に方をしますかね? こんな偶然は起こり得ないですよ。
それ故、中田が毒団子を食べさせ、殺したに決まってますよ!」
と、遠藤はいかにも険しい表情を浮かべては言った。
そう遠藤にいかにも自信有りげな表情で言われると、中垣としても、そうだと思わざるを得なかった。
それで、中垣は、
「でも、そうなら、何故中田さんのことを訴えなかったのですかね? 飼い犬を殺したとなれば、れっきとした犯罪、つまり、器物損壊罪に該当すると思われるのですがね」
と、中垣は眉を顰めては言った。
「そりゃ、そうでしょうが。でも、先程も言ったように、中田がやったという証拠がなかったのですよ。証拠がなければ、中田を有罪に持ち込めないというものでしょうが」
と、遠藤は正に不満そうに言った。
そう言われると、中垣は渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせた。確かにそうだったからだ。
とはいうものの、中田耕平という男は、確かに他人に恨まれるようなことを平気で行なうような人物であった。これでは、殺されても、何ら不思議ではなかったということか。
そう思った中垣は、
「では、遠藤さんは、中田さんを殺した相手に、心当りありますかね?」
と、訊いてみた。
すると、遠藤は言葉を詰まらせた。そんな遠藤は、軽率なことを言ってはいけないと言わんばかりであった。
だが、やがて、
「確かに、僕たちは中田のことを忌み嫌ってはいましたが、殺してやりたいと思っていたかというと、そこまではねぇ。犬を殺すのと、人間を殺すのとは、訳が違いますからねぇ」
と、遠藤は神妙な表情で言った。
それで、中垣も遠藤と同じような表情を浮かべたが、まだ、しばらく遠藤に対して聞き込みを行ってみた。
だが、その後、成果は得られなかった。
それで、中田宅の近所の住人に更に聞き込みを行なってみた。
すると、遠藤の証言と同じような証言は入手出来が、それ以上の証言を入手することは出来なかった。