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白河勝則宅は、鹿児島から指宿の方に向かって少し行った所にあった。
そんな白河宅は、辺りの住宅と同じく、ごく普通のサラリーマンが住んでるような二十五坪程の二階建ての木造住宅であった。それを見ると、このような住宅に住んでる者が、一体何故犯罪に関係してるのかと、中垣に疑問に思わせるようなものであった。
それはともかく、その日の午後七時頃、中垣は白河宅のブザーを押した。
すると、程なく一人の男性が姿を見せた。
その男性は、私服姿の中垣を見ると、怪訝そうな表情を浮かべた。そんな男性は、正に中垣のことを一体何者だと言わんばかりであった。
中垣はといえば、白河を一眼見て、何処にでもいるようなごく普通の男だと思った。
それはともかく、中垣はその男性に、
「白河勝則さんですかね?」
と、男性の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、男性は、
「そうですが、あなたは?」
と、再び中垣に怪訝そうな眼差しを向けた。
すると、中垣は、
「僕はこういったものです」
と言っては、警察手帳を白河に見せた。
白河は中垣が刑事だということを知ると、些か表情を強張らせた。
そんな白河は、言葉を発そうとはしなかった。そんな白河は、中垣の出方を窺っているかのようであった。
そんな白河に、中垣は、
「白河さんは、何故僕が白河さんの前に現われたか、分かりますかね?」
と、白河の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、白河は、
「分からないですね」
と、いかにも怪訝そうな表情を浮かべては言った。
それで、中垣は、白河が内田モータースで、ミニバイクを修理したことに言及し、
「それは事実ですよね?」
と、白河の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、白河の顔色は変わった。
そして、少しの間、言葉を詰まらせていたが、やがて、白河はその事実を認めた。
それで、中垣は、
「でも、そのミニバイクは、白河さんのものではないのですよね?」
と言っては、唇を歪めた。そんな中垣は、下手な誤魔化しをやっても無駄だよと言わんばかりであった。
すると、白河は、
「何でそのようなことを訊くのですかね?」
と、いかにも怪訝そうな表情で言った。
それで、中垣はそのミニバイクの持ち主が熊本の中田耕平という男性のものであったということを説明した。
そんな中垣の説明に、白河はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、耳を傾けていたが、やがて、
「そういうわけだったのですか」
と、いかにも神妙な表情を浮かべては言った。
そんな白河を眼にして、中垣は眼を大きく見開き、
「そんなわけだったのですかとは、どういうことですかね?」
と、いかにも納得が出来ないように言った。
そう中垣に言われると、白河は決まり悪そうな表情を浮かべては、言葉を発そうとはしなかった。
それで、中垣は、
「これ、どういうことなんですかね?」
と、白河に詰め寄った。
すると、白河はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、言葉を依然として発そうとはしなかった。
それで、中垣は、
「そのミニバイクの持ち主は、殺されたのですよ。それ故、何も白河さんが話してくれないのなら、白河さんを重要な容疑者と我々は看做さざるを得なくなりますよ」
と、険しい表情で、白河を睨み付けた。
すると、白河は、
「僕は、その中田さんという方とは何ら面識はありませんし、また、無論、殺してはいませんよ」
と、いかにも開き直ったような表情を浮かべては言った。
「そう言われても、その白河さんの主張をあっさりと信じることは出来ないですね。白河さんが知ってることを何もかも隠さずに話してもらわないと」
と、中垣は正に白河に言い聞かせるかのように言った。
すると、白河はまたしても少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、意を決したような表情を浮かべては、
「僕はただ、頼まれただけなんですよ」
と、淡々とした口調で言った。
「頼まれた? 一体、誰に頼まれたのですかね?」
と、中垣は興味有りげに言った。
すると、白河は、
「それが、誰か分からないのですよ」
と、中垣から眼を逸らせては、いかにも決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「誰だか分からない? そんな馬鹿なことがありますか!」
と、中垣はいい加減なことは言うものじゃないと言わんばかりに、声を荒げては言った。
だが、白河は、
「本当なんですよ。僕は嘘をついてませんよ!」
と、いかにも真剣な表情を浮かべては言った。
そんな白河の真剣そうな表情と口調を見て、中垣は、
「じゃ、詳しく話してくださいよ」
と、とにかく、白河の言い分に耳を傾けてみることにした。
すると、白河は眼を大きく見開き、
「インターネットなんですよ!」
と、甲高い声で言った。
「インターネット? それ、どういうことなんだい?」
と、中垣は眉を顰めては言った。
「つまりですね。インターネットでアルバイトの募集の書き込みがあったのですよ。それで、僕はメールで問合せてみたところ、この仕事をやってみないかと言われたのですよ。
で、その仕事とは、つまり壊れたミニバイクを修理店に出しては修理をしてくれるだけでいいというものでした。何でも、その依頼主によると、その依頼主が住んでる周辺では修理に出しにくいから、遠方で修理したいというものでした」
と、白河は些か顔を赤らめては、いかにも淡々とした口調で言った。
そんな白河に、
「その仕事は、やばい仕事だと思わなかったのですかね?」
「そりゃ、思いましたよ。しかし、報酬がよかったのですよ。その仕事をやってくれるのなら、修理費以外にも、百万くれるというのですよ。何しろ、僕は金に困ってましたからね。それに、ただ単にバイクを修理店に出して修理するだけですから、その行為が犯罪に繋がるとは思えなかったですからね。ですから、僕はその仕事を引き受けただけなんですよ」
と、白河はいかにも真剣そうな表情を浮かべては言った。そんな白河は、正にそれが真実だと中垣に訴えてるかのようであった。
「じゃ、どうやってそのバイクは白河さんの許に来たのかな?」
「ですから、依頼人が持って来たのですよ。僕の家まで軽トラックに積んで持って来たというわけですよ。でも、その依頼人は色の付いたサングラスを掛けていましたから、素顔は分からなかったですがね」
と、白河は決まり悪そうに言った。
そう白河に言われると、中垣は、
「では、そのアルバイト依頼のホームページを見せてもらいたいのですがね」
そう中垣が言うのは、もっともなことであろう。
ところが、そう中垣が言うと、白河はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、
「それが、そのホームページは、削除してしまったのですよ」
そう白河に言われると、中垣は渋面顔を浮かべた。そのホームページが残っていないと、今の白河の証言の裏付けが出来ないからだ。
それで、中垣は些か険しい表情を浮かべては、言葉を発そうとはしないと、そんな中垣の胸の内を察したのか、白河はいかにも真剣そうな表情を浮かべては、
「僕が仕事を終えれば、そのホームページは削除するというのが、依頼先との約束だったのですよ」
と、正に中垣に言い聞かせるかのように言った。
「アドレスなんかを控えていないのですかね?」
「ええ。そうです」
と、白河は中垣から眼を逸らせては言った。
「では、どうやってそのホームページに行き着いたのですかね?」
そう中垣が訊くと、白河は少しの間、言葉を詰まらせたが、やがて、
「確か、やばいアルバイトとかいうような言葉をキーにして、検索したような記憶がありますね」
と、白河は決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「白河さんは、元々やばい仕事を探していたのですかね?」
「とんでもない! たまたま、興味本位で検索してみただけなんですよ。すると、たまたま、そのホームページに行き着いただけなんですよ」
そう白河が言ったので、この時点で白河宅のインターネットで、もう一度、白河がそのホームページを見付けた時と同じように、検索してもらうことにした。
だが、白河はなかなかそのホームページを見付けることが出来ないようであった。
中垣の傍らで、しきりにマウスを動かしては、色んなホームページにアクセスしてる白河を眼にして、中垣はじれったさを感じる位であった。
そんな中垣に白河は、
「やはり、既にそのホームページは管理人によって削除されてしまったのかもしれませんね」
と、いかにも決まり悪そうに言った。
「……」
「何しろ、やばい仕事だったのかもしれませんからね。それ故、もうその目的を達成してしまったのなら、削除されても、仕方ないかもしれませんね」
と、白河は妙に開き直ったように言った。
「白河さんが修理に出したミニバイクの持ち主は、何者かに殺されたのですよ。それ故、白河さんは正に犯罪の片棒を担がされたというわけなんですよ。つまり、そのミニバイクは中田さんの死に関係してたのですよ。それ故、その証拠を隠滅する為に、そのミニバイクは修理に出されたというわけですよ」
と、中垣は正にそうに違いないと言わんばかりに言った。
すると、白河は、
「知らなかったのですよ! 僕はそのミニバイクが犯罪に関係してるなんて、まるで知らなかったのですよ! もし、知っていたら、そのような仕事を引き受けるものですか!」
と、声を荒げて言った。
「でも、やばい仕事と分かっていて、引き受けたのですよね?」
「そりゃ、多少はやばいことが関係してるとは思っていましたが……。でも、まさか、殺人が絡んでるなんてまでは、思ってもみなかったのですよ!」
と、正に白河は中垣に訴えるかのように言った。
それで、中垣はこの辺で、一旦、白河勝則に対する聞き込みを終え、白河宅を後にすることにした。
白河宅を後にすると、中垣と共に白河に対する聞き込みに同席していた松野刑事(29)に、中垣は、
「どう思う?」
と、白河に対する捜査結果を訊いた。
すると、松野刑事は、
「どうも白河さんは嘘をついてるような気がしますね」
と言っては、眉を顰めた。
「嘘? どういった点が嘘だと思ったんだい?」
と、中垣は興味有りげに言った。
「ですから、インターネットによって、ミニバイクの修理の仕事を引き受けたという点ですよ」
「そうか。松野君もそう思ったか。実は僕もそう思ったんだよ」
と、中垣は言っては小さく肯いた。そして、
「で、もしそれが事実なら、白河さんは中田殺しの犯人と結びついてるというわけだ」
と言っては、中垣は小さく肯いた。
「じゃ、中田さん殺しの容疑者と白河さんとの間に接点がないか、捜査してみましょうか」
「そうだな。といっても、今の時点では、中田さん殺しの容疑者は、近所の住人と葛西治だけなんだよ。近所の住人たちは、中田さんに飼い犬を殺されたと思い込み、それで、中田さんに恨みを持ってるんだよ。それが、中田さん殺しの動機なんだが、その動機はかなり脆弱なものだ。それ故、彼らと白河さんとの間に、接点はないと思ってるんだよ」
と、中垣は言ったのだが、意外にもその中垣の読みは外れてしまったのだ。というのは、中田に愛犬を殺されたと思い込んでる近所の住人の中の一人である大道幹夫の義兄が、何と白河勝則であったことが、早々と明らかになったのである!