2 捜査開始

 突如、誰もが予想してなかった異変が起こった東京駅、新宿駅、上野駅が、元の状態に戻るのに、さ程時間は掛からなかったが、警視庁捜査一課の愛川警部(50)は、今、とても険しい表情を浮かべていた。
 というのは、愛川は三日前に、今まで抱えていた殺人事件を解決し、一息ついていたところだったのだが、東京駅、新宿駅、上野駅で同時刻に起こった異変を耳にし、これは事件性があると、察知したからだ。
 それで、今、手の空いている愛川が、その事件を捜査することになるという思いが、愛川の脳裏を過ぎったのだ。
 案の上、捜査一課長の高橋(58)が、愛川に電話を掛けて来ては、
「東京駅、新宿駅、上野駅で同時刻に変死した三人には、事件性がある為に、愛川君に捜査してもらうことにするよ」
 と、言って来たのだ。
 三人の遺体は既に解剖に回され、その結果、青酸死であることが、明らかになっていた。
 しかし、それだけでは、自殺なのか、他殺なのかは、分からなかった。
 しかし、東京駅、新宿駅、上野駅で、一見何の繋がりも無さそうな三人の人間が、偶然に青酸によって自殺するだろうか?
 いや。そういった偶然は起こり得ないだろう。
 それ故、まず、変死した三人の遺族から、話を聞かなければならないだろう。
 そして、幸といっていいのか、不幸といっていいの分からないが、三人の身元は、携帯していた免許証なんかから、既に明らかになっていた。
 東京駅で死んだ男性は、長崎太郎という町田市に住んでいた長崎出版という小さな出版社の社長をしていた五十歳の男性であった。
 新宿駅で死んだ女性は、長谷和美という世田谷区に住んでいたに二十四歳の女性であった。
 また、上野駅で死んだ女性は、竹沢美智という名古屋に住んでいた二十三歳の女性であった。
 一見、この三人には、何の繋がりもないように見受けられた。しかし、捜査していけば、何らかの接点が浮かび上がるかもしれない。
 そう思った愛川は、早速、町田市内の閑静な住宅街に住んでいる長崎宅を訪ねてみた。
 そんな愛川たちに応対したのは、長崎の妻であった洋子(42)であった。そんな洋子は既に中年女性の面立ちだったが、若い時はかなりの美人であったと思わせた。
 そんな洋子に、愛川は改めて、長崎の死を話した。
 すると、洋子は、
「今でも信じられないですよ」
 と言っては、言葉を詰まらせた。
 そんな洋子に、愛川は、
「ご主人は自殺されたのでしょうかね?」
 と、神妙な表情で言った。
 すると、洋子は、
「それはないと思います」
 と、気丈な表情を浮かべては言った。
「どうしてそう思われるのですかね?」
 愛川は興味有りげに言った。
「どうしてって、そんな気配はまるでありませんでしたから」
 と、洋子は眼を大きく見開いては言った。
「では、誰かに殺されたのでしょうかね?」
 そう愛川が言うと、洋子は、
「そのような人物に、私は心当りありませんね」
 と、きっぱりと言った。そんな洋子は、長崎が殺されたという可能性は、自殺したという可能性よりも遥かに小さいと言わんばかりであった。
 そう洋子に言われ、愛川は渋面顔を浮かべた。
 そんな愛川に、洋子は、
「主人は青酸によって死亡したのですよね」
「そうです」
「だったら、もし主人が殺されたとすれば、犯人はどうやって主人に青酸を飲ますことが出来たのですかね?」
 と、些か納得が出来ないように言った。
 そう洋子に言われ、愛川は一層渋面顔を浮かべた。その洋子の問いに、愛川は適切に答えられなかったからだ。
 それで、愛川は、
「その辺のことは、今の段階では何とも言えません」
 そして、更に洋子に対して、何だかんだと、訊いたのだが、結局、捜査に役立ちそうな情報を入手するには至らなかった。
 とはいうものの、愛川は長崎の死は自殺ではないと、信じて疑わなかったのである。

 愛川は長崎の次に、世田谷区内に住んでいたという長谷和美宅を訪ねてみた。
 長谷宅は、小じんまりとした建売住宅のようで、長谷宅の周辺は、長谷宅と同じような住宅が並んでいた。恐らく、同時期に売り出されたのであろう。
 それはともかく、愛川は和美の死を、和美の母親の久子に改めて話すと、久子は無言で項垂れた。そんな久子は改めて、和美の死を哀しんでるかのようであった。
 そんな久子に、愛川は、
「和美さんの死は、自殺によってもたらされたのか、殺しによってもたらされたのか、まだ分かっていないのですよ」
 と、渋面顔で言った。
 すると、久子は意気消沈した様を見せては、言葉を発そうとはしなかった。
 そんな久子に、愛川は、
「それに関して何か心当りありませんかね?」
 と、訊いてみた。
 すると、久子は、
「和美は最近、かなり沈み込んでいましたね。ですから、自殺かもしれませんね」
 と、渋面顔で言った。
「どうして沈み込んでいたのですかね?」
「和美は二年前に大学を卒業し、就職を希望していたのですが、何処の会社にも採用されませんでした。三十社程に履歴書を送ったのですが、全て不採用となってしまったのですよ。それで、随分と沈み込んでいたのですよ。そして、この二年間、家でぶらぶら暮らしを送っていたのですよ。
 で、和美の容姿を見ていただければ分かると思うのですが、和美はブスだったのです。それで、男性にまるでもてなかったのですよ。
 和美の友達の中には、和美と同じように就職を希望していたにもかかわらず、出来なかった娘もいるのですが、ボーイフレンドがいたりして、結構愉しい思いをしてるみたいです。でも、和美にはそういった経験も出来ないというわけですよ。
 それで、最近は相当、落ち込んでいたというわけですよ。
 でも、アルバイトでもやってれば、そうでもなかったと思うのですが、アルバイトの面接にも落ちたりしてましたので……」
 と、久子はいかにも決まり悪そうに言った。
 そう久子に言われ、愛川は険しい表情を浮かべながらも、小さく肯いた。久子の話から、和美の死はどうやら自殺によってもたらされたようだからだ。
 しかし、そんな和美は、何故新宿駅構内で自殺したのだろうか? また、和美と同時刻に東京駅構内で死亡した長崎太郎と上野駅で死亡した竹沢美智と、和美はどのような関係があるのだろうか?
 その疑問を愛川は久子に話してみた。
 すると、久子は、
「分からないですね」
 と、頭を振った。
 それで、愛川はとにかく、和美の部屋を捜査させてもらうことにした。
 そして、和美と長崎太郎、あるいは、竹沢美智との接点がないものかと、愛川は山村刑事と共に捜査してみたのだが、成果は得られなかったのである。
 久子の話から、和美はどうやら自殺したみたいだ。
 しかし、何故新宿駅構内で自殺したのだろうか? また、和美を死に至らしめた青酸をどうやって入手したのだろうか? また、和美と同時刻に東京駅構内と上野駅で死亡した長崎太郎と竹沢美智とは、どういった関係があるのだろうか?
 それらは、まだ謎に包まれていた。

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