3 不運な女性
竹沢美智は名古屋の人間なので、美智の捜査は愛知県警に行なってもらうことにした。
そして、愛知県警千種署の小川警部補(48)が、その捜査を行なうことになった。
美智が住んでいた千種区内にあるマンションは五階建てで、それは昭和四十年代に建てられたものだそうで、その為にかなり古びた印象を見る者に与えていた。
それはともかく、美智の母親の佐和子に改めて美智の死を話すと、佐和子は改めて哀しそうな表情を浮かべた。
そんな佐和子と話をするのは、小川は気が退けないこともなかったが、とにかく佐和子とは話をすることにした。
そして、美智が死亡した時の状況を改めて話し、そして、
「美智さんは自殺されたのか、殺されたのか、まだ分かっていないのですよ」
と、決まり悪そうに言った。
すると、佐和子は、
「美智が誰かに殺されたなんて、信じられません! 美智は人に恨まれるような娘ではありませんでしたから!」
と、甲高い声で言った。
「ということは、自殺されたということなんですかね?」
小川は殊勝な表情を浮かべては言った。
すると、佐和子は小川から眼を逸らせ、言葉を発そうとはしなかった。そんな佐和子の様を見ると、今の小川の言葉を肯定してるかのようであった。
そう察知した小川は、
「美智さんは何か悩みを抱えておられたのでしょうかね?」
と、再び殊勝な表情で言った。
すると、佐和子は眼を伏せたまま、黙って肯いた。
そんな佐和子を見て、小川も黙って肯いた。美智はどうやら自殺したようだからだ。
それで、小川はとにかく佐和子から事の次第を聞いてみることにした。
「美智さんはどんな悩みを持たれていたのですかね?」
「失恋です。美智は高校の時からずっと付き合っていた彼氏がいました。そして、美智はその彼氏と結婚するつもりでいたみたいです。でも、最近になって、その彼氏に美智以外の彼女が出来てしまったのです。それで、美智は振られてしまったのですよ。
美智の落ち込みようは、尋常ではありませんでした。何処にも行かずに、一日中、家にこもる生活が長期間、続きました。そんな美智を見て、私たちは美智が自殺でもするんじゃないかと、とても心配していたんです。
それで、精神科のお医者さんにでも連れて行こと思っていたのですが、その矢先にこんなことになってしまって……」
と、佐和子はハンカチで目頭を押さえた。
その佐和子の話を聞いて、小川は険しい表情を浮かべはしたが、小さく肯いた。何故なら、美智の死はやはり自殺だったみたいだからだ。つまり、失恋の結果の自殺だというわけだ。
しかし、何故、美智は上野駅で死んだのか? 美智に死をもたらした青酸は、どうやって入手したのだろうか? また、美智と同時刻に東京駅と新宿駅で死んだ長崎太郎と、長谷和美とは、どのような関係があったのだろうか?
その疑問を小川は佐和子に話してみた。
すると、佐和子は、
「分からないですね」
と、頭を振った。
それで、二人の間で少しの間、沈黙の時間が流れたのだが、やがて、佐和子は、
「ひょっとして……」
と、眉を顰めては、呟くように言った。
それで、小川は眼を大きく見開いては、
「ひょっとして、とは?」
そんな小川は、佐和子から何か有力な情報を入手出来るのではないかと思ったのである。
「美智はインターネットをやっていました。それで、インターネットで自殺仲間を募り、そして、東京駅で死んだ長崎さんとか、新宿駅で死んだ長谷さんと知り合い、その結果、そういう結果となったのではないでしょうか」
と、佐和子は真剣な表情を浮かべては言った。そんな佐和子は、その可能性は充分にあると言わんばかりであった。
すると、小川は,
「成程!」
と、いかにも感心したように言った。小川は、確かにその可能性は充分にあると思ったのである。
何しろ、最近、インターネットで自殺仲間を募り、そして、それによって知り合った見知らぬ者同士が、車の中で練炭自殺したという事件が度々発生してるのだ。それ故、今回の事件もそうであったというわけだ。
そう思った小川は、
「確かに奥さんのおっしゃる通りかもしれないですね」
と言っては、小さく肯いた。
すると、佐和子も小さく肯いた。
しかし、そんな佐和子の表情は、晴々しいものではなかった。そんな佐和子の表情は、美智の死の真相が分かっても、美智は当り前の話だが、戻っては来ないと言わんばかりであった。
そして、二人の間で再び沈黙の時間が少しの間流れたが、やがて、小川は、
「でも、どうして、東京駅や新宿駅、上野駅で自殺したのでしょうかね?」
と、いかにも困惑したような表情を浮かべては言った。そんな小川は、この謎を明らかに出来ないと、美智の死の真相は明らかには出来ないと言わんばかりであった。
だが、佐和子はその小川の疑問に答えることは出来なかった。
それで、小川はこの辺で竹沢宅を後にし、小川が捜査した結果を、警視庁の愛川に話した。
すると、愛川は、
―インターネットですか……。
と、呟くように言った。
とはいうものの、長崎は小川と同様、その可能性は充分にあると思った。
とはいうものの、長崎の妻からも、竹沢和美の両親からも、そのような話は出なかった。それで、小川は今まで、そのケースを想定してなかったのである。
とはいうものの、小川からそう言われ、愛川は早速、そのケースを想定し、まず和美の母親の久子から話を聞いてみることにした。