話は三ヶ月前に遡る。
「転校生のくせに……」
「本当にそんなんことを言ってたのか?」
「ああ。間違いないさ」
 そう言われ、和郎は思わず唇を噛み締めた。
 和郎が小山田中学校に転校して来てから、一年が過ぎた。新しい友達も増え、昔からの友達と思える者も何人か出来た。 
 しかし、学友たちの中には、和郎のことを快く思っていない者もいた。そして、そういった連中は、和郎のことを「転校生のくせに……」と、言ったりするのだ。
 そう言われても、和郎にはその原因が分からなかった。和郎としても、特に生意気なことをやってるつもりではないのに、和郎のことを快く思っていない連中から見れば、それが生意気に見えたりするようなのだ。

 それはともかく、文化祭が近付いていた。和郎たちのクラスが催す〈催し物〉のテーマは決まっていた。そして、全校生が集まる校庭の朝礼で、演壇に立って、それぞれのクラスの〈催し物〉の内容をクラスの誰かが発表しなけらばならないのだ。
 クラス会で、発表する意思がある者を担任の教師が募った。
 だが、誰も手を上げようとはしなかった。誰もが、全校生の前で発表するのが、恥ずかしくて嫌だったのだ。
 すると、先生が、
「誰もいないのか! 情けないぞ!」
 と、生徒を一喝した。
 すると、その時、和郎が、
「先生! 僕がやります!」
 と手を上げては、言ったのであった。
 すると、クラスの皆は一斉に拍手した。
 そして、これによって決まった。和郎が明日、クラスの代表として、演壇に立つことが!
 しかし、そんな和郎のことを快く思っていない生徒がいた。北野太郎である。
 太郎の父親は、開業医をしていた。その為、太郎の鼻は高かった。
 そんな太郎は、父親からたくさん小遣いを貰い、それを友人に与えていた。 
 そん友人は、その太郎から貰ったお金で、ゲームソフトを買ったりしていたのだ。
 太郎は眼が悪く、黒縁の眼鏡を掛けていた。太郎の視力は、裸眼で両眼とも、0・1であったのだ。
 ただ、ゲームのやり過ぎで、眼が悪くなったわけではなかった。遺伝的なもので、眼が悪かったのである。
 太郎は黒縁の眼鏡の奥から細い眼を覗かせ、その眼が笑う様は、まるで他人のことを嘲けってるかのようであった。また、その太郎の様は、太郎のトレードマークであるかのようであった。
 太郎は、学校の成績が特別に優秀であったわけではなかった。
 しかしプライドは人一倍に高かった。父親が医者であるということが、太郎の元々の性格に拍車を掛けていたのだ。
 そんな太郎と和郎は、同じクラスであった。
 とはいうものの、お互いの性格に共通点を見出せなかったことも影響して、和郎と太郎は滅多に口を利いたこともなければ、一緒に遊んだこともなかった。
 太郎は回りの学友たちから、ちやほやされることに慣れていた。学友たちは、太郎の機嫌を取れば、小遣いをくれることを知っていたので、小遣い目的に太郎の機嫌を取る者は、少なからずいたのだ。
 これといった産業がなく、一年の内の半分近くを雪で閉ざされるこの地方の人々の生活は、決して豊かではなかった。それ故、親から貰う小遣いに不満な子供は多かったのだ。
 その点、太郎の父親は医者であったから、太郎の家は、豊かであった。それ故、太郎が父親から受け取る小遣いは、同年代の少年たちと比較すれば、桁外れに多かったのだ。
 それ故、太郎はその余った小遣いを学友たちに分け与えていた。そして、太郎は随分感謝された。
 そのことは、太郎にとてつもない優越感を与えたのだ。
 それなのに、和郎が太郎の機嫌を取りに来ないことを、太郎はとても不満に思っていた。太郎は、和郎の家が貧乏であることを知っていたのだ。というのも、太郎は和郎が住んでいるアパートのことを知っていた。そして、その古びたアパートから、和郎の家が貧乏だと決め付けたのだ。
 和郎の家は、貧乏だ。となると、太郎に何故近付いて来ないのだろうか? 金が欲しければ、太郎の機嫌を取ればよいのに……。
 太郎は何故和郎がそうしないのか、不思議であった。
 そして、その思いはやがて、和郎憎しの思いへと発展して行ったのであった。

「転校生のくせに……」
 そう言ったのは、北野太郎であったのだ。太郎は親しい友人たちに和郎のことをはっきりとそう言ったのであった。
 和郎は友人の鎌田晴夫から、太郎が和郎の悪口を言っていたことを耳にすると、
「何故、北野君は、僕のことを悪く言うのだろう?」
 と眉を顰めては、晴夫に訊いた。
「そりゃ、和郎は、北野君とあまり話をしないだろ。それが、北野君にとって見れば、気に食わないんじゃないのかな。北野君は、自分と親しくない者が出過ぎた態度を取れば、面白がらないからな」
「僕は出過ぎた態度なんて、取ってないよ!」
 と、和郎は晴夫の言葉に反発した。
「例えば、先日、文化祭の発表を誰がするかということを決めたじゃないか。その時、和郎が手を上げて、和郎がクラスの代表になったじゃないか。
 僕らから見れば、その和郎の態度は、別に生意気でも出過ぎたものでもないけど、北野君から見れば、そう見えたのかもしれないよ。何しろ、北野君は、とても我儘だからな」
「……」
「でも、気にすることないさ」
 そう晴夫に言われ、和郎は、
「ああ。気にするものか!」
 と、気丈な表情を見せては言った。
 と言ったものの、和郎は内心ではかなり気にしていた。
 小山田中学校に転校して、一年が過ぎた。
 学校にも慣れ、友達も増えて来た。
 その矢先に、和郎のことを悪く言う者が出て来た。それは、和郎にとって、とてもショッキングなことであったのだ。
 和郎は今まで太郎のことを特に意識したことはなかった。
 太郎とは、中学三年の時に同じクラスになった。黒縁の眼鏡を掛けた澄ました生徒。それが、太郎の印象であった。そして、それ以上に、太郎のことを特に思ったりしたことはなかった。
 そして、月日が経つにつれて、和郎はクラスの人気者になり始めていた。持ち前の茶目っ気の性格が、人気を得たのだろう。
 だが、そんな和郎のことをよく思わない学友が出て来たなんて、和郎は想像も出来なかったのである。

「何してるの? 秘密の会議?」
 そう言ったのは、花井直子であった。花井直子はクラスの中で一番可愛い娘だ。和郎はそう思っていた。
「いや。ただのくだらない話さ」
 和郎は言った。
「文化祭の準備、順調に進んでる?」
「ああ。進んでるさ」
 晴夫は些か自信有りげに言った。
 小山田中学の文化祭は、十月四日の日曜日に行なわれることになっていた。
 文化祭では、各クラスごとに〈催し物〉を行なうことになっていた。〈催し物〉は各クラスが決め、全校生徒、及び、一般市民に披露されることになっていた。
 和郎たちのクラスのテーマは、〈祭り〉というテーマに決まっていた。
 それは、実際の祭りのように、おでんとかポップコーンとか、たこ焼きを作って、入場者に買ってもらうのだ。
 他のクラスのテーマは、〈CD、ゲーム屋〉とか、〈昔話邸〉とかいうのがあった。〈CD、ゲーム屋〉は、中古CDとかゲームを生徒が持って来ては販売するもので、〈昔話邸〉は、桃太郎とか、かぐや姫の演技を生徒たちが上演し、入場者に見てもらうというものであった。
 そして、そのいずれのクラスの催し物の売り上げは、児童養護施設に寄付することが決まっていた。
 和郎はといえば、和郎たちのクラスの副実行委員長に決まっていた。
 実行委員の選出は、クラスの選挙で選ばれた。和郎は二番目に投票数が多かった。
 それ故、和郎は副実行委員長となったのである。
 因みに、実行委員長は、鎌田晴夫だった。


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