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文化祭が終わり、一ヶ月も経つと、小山田村は、もう初雪が降った。新潟の雪の到来は、とても速かったのだ。
文化祭での五郎と太郎との揉め事も、今や過去の思い出になってしまった。というのも、五郎や太郎とのトラブルはその後、見られずに、時は平和に過ぎたのである。
だが、和郎の友人である鎌田晴夫は、和郎が紛失したというロッカーに仕舞ってあった四万二千円のことを忘れてはいなかった。そして、晴夫はその日、和郎に衝撃的な話を打ち明けたのであった。
晴夫はその日、重大な話を昼休みに話すと和郎に言った。それで、和郎は昼休みが待ち遠しかった。
そして、やがて、午前の授業が終わり、給食を食べ終わると、和郎は晴夫と共に、校庭の隅の方にある鉄棒がある辺りにまでやって来た。晴夫はこの辺りまで来れば、誰にも話を聞かれることはないと思ったのだ。
「どういった話かな。こんな場所でないと出来ない話って?」
和郎は好奇心を露にしては言った。
すると、晴夫は眼を大きく見開き、
「やはり、僕の思っていた通りなんだ!」
と、些か興奮しながら言った。
「思っていた通り?」
和郎は怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「だから、和郎が集めた金のことさ。やはり、和郎が集めたお金を盗んだ奴がいたんだよ!」
と、晴夫は力強い口調で言った。この場所なら、いくら力強い口調で言っても、誰にも聞かれる心配はなかったのだ。
そう晴夫に言われると、和郎は、
「本当かい?」
と、好奇心を露にしては言った。
とはいうものの、確かに和郎は間違いなく、自らのロッカーに四万二千円を入れた大判の封筒を入れた。このことは、絶対に間違いなかった。
それ故、誰かが盗んだ可能性はあると思っていた。
そして、その犯人は安田幹男によると、倉林勇二である可能性があるとのことだが、その証拠はない。それ故、和郎は倉林勇二のことを忘れつつあったのだが、そんな折に、晴夫がそう言って来たのだ。
「やはり、倉林勇二が盗んだのかい?」
和郎は好奇心を露にしては言った。
「そうさ。倉林勇二さ。勇二の奴が盗んだんだよ!」
と、晴夫は再び力強い口調で言った。
「何か、証拠でも見付かったのか?」
「三組の松木さんという女の子が、忘れ物をして、午後六時頃に、校舎の中に入ったんだよ。宿題の為にどうしても必要な資料だったので、学校に戻って来たんだよ。
校舎の仲は常夜灯しか点いてなかったので、とても怖かったそうだが、とにかく用務員のおじさんに一言言って、校舎の中に入って行ったんだよ。
そして、教室の中に入って資料を持ち、帰ろうとしたところ、ふと、物音が聞こえたそうなんだよ。そして、それは、僕たちの教室から聞こえて来たそうなんだよ。
教室の廊下側の窓は曇りガラスだから、中を覗くことが出来ない。
だけど、松木さんは中に誰がいるのか、確認したかった。
それで、廊下の曲がり角の隠れて、誰が出て来るのか、見張っていたんだよ。
そしたら、少しして、勇二が出て来たんだ。
それで、松木さんはこっそりと勇二の後を尾けたんだよ。
勇二は松木さんに尾けれてることを知らず、裏門から出て行ったんだ。
すると、そんな勇二の前に、北野君が現われたとのことなんだよ。それは、和郎がロッカーの中からお金が無くなったことに気付いた前日の出来事なんだよ」
と、晴夫は眼を大きく見開き、いかにも重要な話をすると言わんばかりの様で言った。
「ということは、勇二が僕のお金を盗んで、それに、北野君が関係していたということなのかい?」
「松木さんは、勇二が金を盗むところを見たわけではないんだ。
しかし、その出来事は、和郎がロッカーのお金が無くなってることに気付いた日の前日の出来事なんだよ。
それに、その二日後、町のおもちゃ屋さんで、思ってもみなかった小遣いが入ったと自慢げに言ってるんだ。
そのことからして、どう考えても、勇二が怪しいよ」
と、晴夫は眼を大きく見開き、その晴夫の言葉は真相を語ってるに違いないと言わんばかりに言った。
そんな晴夫に、和郎は、
「でも、どうやって、僕のロッカーの鍵を開けたのかな? 鍵は僕しか持ってないと思うんだけど」
と、怪訝そうな表情で言った。
そんな和郎に、晴夫は、
「そんなことは、むずかしくないよ。というのも、用務員室には、ロッカーの鍵のスペアキーがあるんだ。それ故、用務員室のおじさんの眼を盗んで、スペアキーを盗んでしまえば、決して不可能ではないよ。
それ故、用務員室のおじさんに確かめてみよう」
ということになり、早速二人は用務員室に行っては、用務員の佐山寛治(70)から話を訊いてみることになった。
因みに、用務員室は校舎から少し離れた所にあり、用務員室といっても木造平屋建てで、八畳の和室と四畳半の和室と、四畳位の炊事場があり、それ以外に二十畳程の板間の倉庫のような部屋があった。
そして、その倉庫のような部屋に、ロッカーの鍵が保管されていたのだ。
晴夫と和郎が、その用務員室に行ってみると、佐山はTVを見ながら、昼食を食べてるところであった。
そんな佐山に、晴夫は、松木美紀がやって来た日のことを訊いた。
すると、佐山は、
「そう言えば、松木さんが来る前に、北野君がやって来たわい」
と、淡々とした口調で言った。
「北野君、ですか……。北野君とは、三年二組の北野君のことですかね?」
と、晴夫。
「ああ。その北野君さ。北野君が、不審な男が学校の前でうろうろしてるよと言ったんで、僕は北野君と一緒に校門の前まで行ったんだよ。
すると、北野君が言った不審な男はもういなかったんだよ。
それで、北野君は首を傾げては、僕に謝ったんだよ。そんなことがあったな」
と、佐山はそのことが何か問題なのかと言わんばかりに言った。
すると、晴夫は眼を輝かせては、
「それだ!」
と、甲高い声で言った。そんな晴夫は、その隙に勇二が和郎のロッカーの鍵のスペアキーを用務員室の倉庫から盗んだのに違いないと言わんばかりであった。
それで、晴夫は、
「おじさん。少し倉庫の中を見せてもらいたいのですが」
「いいよ。でも、僕も一緒に行くからな。鎌田君たちはやらないと思うが、以前、倉庫からスコップなんかが盗まれたことがあってな」
佐山はそう言ったものの、とにかく、三人は薄暗い倉庫の中に入った。そして、佐山は倉庫の中の明かりを点けた。それで、晴夫はロッカーの鍵が保管されてる棚を調べてみたのだが……。
すると、程なく、
「やはり、ないよ!」
と、晴夫は甲高い声で言った。
それで、和郎はそれを確かめてみた。
すると、晴夫の言った通りであった。確かに、三年二組の34番(和郎のロッカーの鍵)の鍵が見当らないのだ。
それで、晴夫はとにかく、佐山にその旨を話した。
すると、佐山は、
「本当だな。おかしいな」
と言っては、首を傾げた。
鍵は板に付けられた釘に順番に掛けられていたので、紛失していれば、すぐに分かるのだ。
それはともかく、和郎のロッカーの鍵が無くなってることを確認すると、晴夫と和郎は、
「おじさん。ありがとう」
と言っては、用務員室を後にしたのであった。
用務員室を後にすると、晴夫は、
「これで、分かっただろ」
と、和郎に言い聞かせるかのように言った。
「ああ」
と言っては、和郎は唇を噛み締めた。やはり、和郎が仕舞っていた金を盗んだのは、北野太郎たちであったのだ。
だが、和郎はやはり、何故そのようなことをするのか、分からなかった。それで、その思いを晴夫に言った。
すると、晴夫は、
「だから、以前も言ったように、北野君たちは、和郎のことを嫌ってるんだよ。だから、嫌がらせをするんじゃないのかな」
「……」
「でも、嫌がらせにも程度というものがあるよ。お金を盗むなんてことは、やっちゃ駄目だよ。和郎は北野君たちに何も悪いことをやってないのに、和郎が転校生だというだけで、何かとこういった嫌がらせをやるんだよ。
こうなったら、北野君たちのことを、先生に言ってやれよ」
と、晴夫は声を荒げて言った。
「待ってくれよ。まだ、完全に北野君たちが盗んだという証拠を握ったわけでないんだ。だから、軽率なことは出来ないよ」
と、和郎は慎重な和郎の性質を現わしてるような言葉を発した。
「しかし、和郎は悔しくないのか! 文化祭の時だって、奴等はやりたいように、和郎に難癖をつけて来たじゃないか! 和郎が作ったたこ焼きに蛞蝓の死骸が入っていたなんて! そんなことが起こり得る筈がないじゃないか! 蛞蝓の死骸は、予め、奴等が用意していたんだ!」
晴夫にそう言われなくても、和郎の心には、北野太郎憎しの思いが確立されていた。
和郎の父親の大造は、依然として、定職につかずにぶらぶらとしていた。そんな大造と良子との喧嘩は、絶えなかった。
そんな父と母との喧嘩を見るのは、和郎は嫌であった。
それ故、和郎にとって学校にいる時が、最も安堵した気分でいられるのだ。
それなのに学校までが、北野太郎たちの所為で、安堵した気分になれない場所と化してしまいそうなのだ。太郎たちの行為は、正に和郎の安らかな時間を崩壊させてしまうのだ。