第二章 第二の事件発生
1
雲仙地獄といえば、通常国道57号線の東側、即ち、新湯の東側のことをいうが、実のところ、新湯の西側にも雲仙地獄はある。それが、旧八万地獄だ。
旧八万地獄は、清七地獄やお糸地獄、大叫喚地獄より広いが、清七地獄、お糸地獄、大叫喚地獄のように激しい水蒸気の噴出は見られず、その景観は正に穏やかなもので、また、月面のように荒涼としている。それ故、月面地獄ともいわれている。
そんな旧八万地獄は、清七地獄やお糸地獄のような賑わいは見られない。清七地獄、お糸地獄は訪れても旧八万地獄は訪れない観光客は多いのだ。
しかし、それは肯けるというものだ。旧八万地獄は清七地獄やお糸地獄のように激しい水蒸気の噴出が見られない為に、観光スポットとしては、今一つ魅力が欠けると思われるからだ。
とはいうものの、旧八万地獄の西側にある原生沼は、一見の価値がある。
原生沼とは、周囲四百メートル程の高層湿原で、ミズコケ、スギコケなどのコケ類やレンゲツツジなどが見られるが、殊に五月に見られるカキツバタはとても鮮やかで見る者を魅了してしまう。
原生沼へは、温泉街から車ですぐだが、旧八万地獄を経ても行ける。それ故、旧八万地獄を経て原生沼見物をしようとする観光客は少なからずいる。
そして、この長谷沼明(29)、すみれ(26)夫妻は、東京に住んでいる結婚二年目のまだ新婚気分の抜け切れない若い夫妻だ。
そんな長谷沼夫妻の新婚旅行はグァムだったが、新婚二年目となるこの九月に二泊三日の九州旅行を計画し、今、その最中であった。
その九州旅行とは、長崎、雲仙、西海方面を巡る旅行であって、一日目は長崎市内見物を行ない、二日目は九十九島見物を行なった。そして、その日の内に雲仙にまでやって来ては、雲仙で宿泊し、雲仙周辺を見物しては、その日に東京に戻る予定になっていた。
そんな長谷沼夫妻は、二週間前に雲仙で発生した事件のことは、知らなかった。
というのも、その雲仙地獄の事件は、確かに東京方面の新聞紙上に掲載はされたのだが、その取り扱いはさ程大きくなく、また、長谷沼夫妻は、新聞を購読してなかった。更に、TVのニュースも見てなかった為に、二週間前に雲仙で見付かった男の事件のことは、何ら知らなかったのだ。
また、事件が発生して二週間も経過したともなれば、雲仙の温泉街には二週間前にそのような事件が発生したと思わせる雰囲気はまるで残っていなかった。また、ホテルや旅館の関係者もその事件に関して観光客に語りかけようとしなかった。
それ故、長谷沼夫妻は、その二週間前の事件に関して何ら知らなかったのである。
そんな長谷沼夫妻は、朝食を早めに済ませ、午前八時前には、宿泊先のホテルを後にした。
というのも、雲仙地獄を散策した後に、仁田峠に行き、そして、長崎に早めに戻るつもりだったので、ホテルを早めに出たのであった。
そんな長谷沼夫妻が最初に向かったのは、旧八万地獄であった。
観光客が通常雲仙地獄巡りを行なうのは、噴気の激しい清七地獄やお糸地獄周辺なのだが、長谷沼夫妻は、まず、旧八万地獄から原生沼を巡ってみることにしたのだ。何しろ、雲仙地獄は一通り散策する予定だったので、特に深い理由もなく旧八万地獄方面から散策することにしたのだ。
とはいうものの、旧八万地獄周辺には、長谷沼夫妻以外は人気は見られなかった。清七地獄、お糸地獄周辺には、既にカメラを手にした観光客を少なからず眼に出来たのだが、旧八万地獄周辺はこのような状況であった。
まるで、月面のような旧八万地獄の中を長谷沼夫妻は、興味有りげな表情を浮かべながら歩みを進めていたのだが、五、六十メートル程進んだ位のその時、明が突如、
「ちょっと待って!」
と、甲高い声で言っては、歩みを止めた。
それで、すみれは、
「どうしたの?」
「あれを見てみろよ!」
明は、旧八万地獄の方を指差した。
それで、すみれは、明が指差した方を見やった。
すると、すみれの表情は、忽ち強張った。何故なら明が指差した所に人が倒れているのを眼にしたからだ。その人は、今まで歩いていた辺りからは、凸凹の凹んだ所に倒れていた為に眼に出来なかったのだ。
その人は中年の女であった。だが、その倒れ方からして、その女は明らかに尋常とは思えなかった。
とはいうものの、その女の第一発見者として、長谷沼夫妻は、女をその儘にしてこの場所を通り過ぎるわけにはいかないであろう。
そう理解した長谷沼夫妻は、とにかく明だけではあるが、散策路から旧八万地獄の中に入って行っては女の許に行った。
女は黄色っぽい服を身に付けていた為に、女がこの場所に倒れていたのを明が見落としても不思議ではなかった。それ程、女の服の色は、旧八万地獄の地肌の色と似ていたのだ。
それ故、長谷沼夫妻より先に旧八万地獄の散策路を歩いていた人がいても、女のことを見落としていたかもしれない。
それはともかく、明は女に触れる前に、そっと女の顔を覗き見てみた。
すると、女は眼を閉じてはいたものの、その表情は苦痛に歪んでいるように見えた。
だが、とにかくそんな女に明は触れてみた。
すると、明は、
「うわっ!」
と、小さな悲鳴を発した。何故なら、女には人間の体温が感じられなかったからだ。
だが、明は勇気を出して、女を抱き抱えようとした。
すると、明は再び、
「うわっ!」
と、小さな悲鳴を発しては、女を抱き抱えている手を放してしまった。何故なら、女の身体は硬直していたからだ。
<死んでいる>
明は、そう確信した。
すると、何処の誰だか分からない女の傍らにいることが億劫になってきた。それで、早足ですみれの許に戻った。
そして、
「死んでいるよ」
と、いかにも神妙な表情を浮かべて言った。
だが、すみれは、事前に明がそういうことを察知していたのか、明の言葉に小さく肯いては、
「110番するわ!」
と、気丈な表情を浮かべては言った。
「ああ。そうしてくれ」
明は、すみれの言葉に間髪を入れずに答えた。
すみれは、携帯していたハンドバックから携帯電話を取り出すと、直ちに110番通報した。
すると、警官がすぐに現場に行くから少しの間、その場にいてくれないかと言われた。
それで、二人は少しの間、待つことにした。
そして、すみれが110番通報して五分もしない内に制服姿の警官が四名疾風のようにやって来た。雲仙駐在所の仲本たちだ。
明とすみれは、仲本たちの姿を眼にすると、
「お巡りさん! そこです!」
と、散策路から女の死体を指差した。
仲本たち四名の警官は、女を眼にすると、疾風の如く女の傍らに駆けつけた。しかし、そうだからといって、息を吹き返さないことは当然のことであった。
仲本は、女の脈とか瞳孔から女の死を早々と確認した。
すると、内山という若い巡査が女の死体とか辺りの様子を写真に撮った。そして、四人の警官は少しの間、実況検分していたが、やがて二名の警官が女を担架に載せては運んで行った。そんな女の死体には毛布がかけられていた。
後に残った仲本ともう一人の警官は、長谷沼夫妻に女の死体を見付けた経緯を訊いた。
だが、長谷沼夫妻は、特に説明するまでもなかった。午前八時前に宿泊先のホテルを後にし旧八万地獄に来たところ、女の死体を見付けただけだからだ。
そんな長谷沼夫妻の説明に仲本は小さく肯きながら、そして、長谷沼夫妻の連絡先をメモすると、長谷沼夫妻は、やっとこの場から解放されることになった。そして、長谷沼夫妻は、予定通り原生沼に向かったのであった。
長谷沼夫妻が現場に留まったのは僅か三十分程であったが、長谷沼夫妻は、正にとんでもない経験をしてしまった。この経験は長谷沼夫妻にとって生涯忘れることは出来ないであろう。
2
雲仙にまたしても衝撃が走った。
二週間前にも大叫喚地獄で身元不明の若い男の惨殺死体が見付かったばかりだというのに、今度は旧八万地獄で女の絞殺死体が見付かったのだ。女の死体は司法解剖された結果、女の死は絞殺によるものと早々と判明したのである。
<呪われた雲仙!>
<清七 お糸の呪いか?>
<四百年前の悲劇が現代に蘇る!>
とかいう派手な見出しが、新聞紙上に掲載された。
何しろ、雲仙は江戸時代初期に捕えられたキリシタンに熱湯を浴びせて殺した場所だ。清七地獄の清七もその犠牲者の一人であり、最近では清七地獄の噴気も穏やかになった為に清七の霊も収まったという人もいるが、実際にはそうではなく、清七の霊はまだ収まらず、その怒りを現世の人間にぶつけたのだとフィクションを交えて論評した識者もいた。
それはともかく、雲仙周辺の観光業者にとって、正に女の事件は、大打撃であった。
何故なら、雲仙観光のメインである雲仙地獄に他殺体が二体も見付かったともなれば、観光客が雲仙に遠のくのは必至であったからだ。一人だけならまだ救いようはある。しかし、二人ともなれば、今度は、自分が犠牲者となるのではないかという不安が生じるのが人間の心理というものであろう。
それ故、二週間前に男の死体が見付かった時には殆んど宿泊予約のキャンセルは見られなかったのだが、旧八万地獄で女の絞殺死体が見付かったという報道が行なわれてから、宿泊予約のキャンセルが殺到したのだ。正に、雲仙の観光業者にとって死活問題に発展する程の衝撃を受けてしまったのだ。
それ故、雲仙が安全な場所だというイメージを取り戻す為にも、二人を殺した犯人を一刻も早く警察に逮捕してもらわなければならない。
その陳情を、雲仙観光組合側から受けるまでもなく、長崎県警は一刻も早く二人を殺した犯人を逮捕しようとしていた。
とはいうものの、男の方はまだ身元確認にすら至ってなかった。
では、女の方はどうかというと、長崎県警の感触としては、案外早く身元判明に至るのではないかと思っていた。
というのは、若い男の中には、人付き合いのない無業者である者が少なからずいて、男はその該当者である可能性があると長崎県警は看做していたのだが、では、中年の女はというと概してそうではない。即ち、中年の女は、仲間がいない孤独者という者は少ないと思われるのだ。
案の定、女の身元は、早々と判明した。
女の死が新聞とかTVで報道されると、少なからずの問い合わせが警察に入ったが、その中で有力と思われる者には実際に女の遺留品なんかを見てもらった。
すると、長崎市内にある正覚寺近くに住んでいるという須崎恵子という女が、
「その被害者は、剣崎利根子さんですよ」
と、表情を曇らせて言った。
「剣崎利根子さんですか……」
雲仙の旧八万地獄で見付かった女の事件を捜査することになった長崎県警捜査一課の高遠則行警部は(52)は、眉を顰めては、呟くように言った。
身元が早々と見付かって幸先よいスタートを切ったと高遠は内心では思ったが、その思いは顔には出さず、高遠の表情は些か厳しいものであった。
「そうです。剣崎利根子さんです。間違いありません」
恵子も些か厳しい表情を浮かべては、小さく肯いては言った。
その須崎恵子の表情と口調から、旧八万地獄で見付かった女は、剣崎利根子という女にまず間違いないであろう。
そう思った高遠は、
「剣崎利根子さんとは、どの様な女性だったのですかね?」
と、些か興味有りげに言った。
「確か、独身の方だったと思います」
恵子は、眉を顰めて言った。
「独身の方ですか……」
高遠も眉を顰めては、呟くように言った。高遠は恵子が利根子の身元を確認した割には、恵子に対する情報が少ないように感じたのだ。
そんな高遠は、
「失礼ですが、須崎さんは剣崎さんとは、どのような間柄なのですかね?」
と、穏やかな表情で、些か興味有りげに言った。
「私は、正覚寺近くにある『星崎マンション』という六階建てのマンションの管理人をやっているのですよ。
で、剣崎さんは、『星崎マンション』の四階の404号室住んでいた方なのですよ」
と、恵子は神妙な表情で淡々とした口調で言った。
「なる程」
恵子の今の説明によって、恵子と利根子の関係は分かった。しかし、マンションの管理人と居住者という関係では、さ程利根子に関する情報を恵子から入手することは出来ないかもしれない。
とはいうものの、高遠はこのまま恵子から話を聞くことにした。
「で、剣崎さんは、四十代後半位の年齢と思われるのですが、独身だったのですね」
「そうだったと思います」
「では、剣崎さんは、『星崎マンション』の404号室に一人で住んでいたのですかね?」
「そうだったと思います」
と、恵子は神妙な表情で小さく肯いた。
「そうですか。で、剣崎さんは、どのようなお仕事をされてたのですかね? 剣崎さんが、もし会社なんかで働いておられたのでしたら、そちらの方から警察に届けが出てもよい筈なんですけどね」
と、高遠も神妙な表情を浮かべて言った。
すると、恵子は、
「それがですね。私は、剣崎さんが、どのようなお仕事をされてたのかよく存じていないのですよ。何しろ、うちのマンションには三百人近くの人が住んでいますからね」
「なる程。でも、三百人近くもいる居住者の中で、須崎さんはどうして剣崎さんのことを覚えておられたのですかね?」
と、高遠は些か納得が出来ないような表情を浮かべて言った。
「それがですね。時々、私は剣崎さんの宅配便の荷物を預かったりしてましてね。それで、時々、剣崎さんと顔を会わせているのですよ。それで、私は剣崎さんの顔をよく知っているのですよ。
で、今も私は、剣崎さんの宅配便の荷物を預かっているのですよ。でも、一向に剣崎さんと連絡が取れないのですよ。
それで、どうしたものかと思っていたのですが、TVで雲仙の事件のことを知りましてね。
で、その被害者の女性の人相風体が何となく剣崎さんに似てると私は思ったのですよ。更に、新聞にその女性の左頬に大きな黒子があると書かれていたのですよ。で、左頬の黒子は剣崎さんの特徴だったのですよ。
そういうことから、雲仙で見付かった女性は、剣崎さんである可能性はあると思いましてね。それで、警察に連絡してみたのですが、やはり私の勘は当たっていたというわけですよ」
と、恵子は、淡々とした口調で言った。
「なる程」
恵子の説明を聞いて、恵子が雲仙で絞殺体で見付かった女が剣崎利根子という女だと確認した経緯は分かった。
とはいうものの、何故利根子が殺されたのか、また、犯人に関しては、まだ厚いベールに包まれている。
それで、高遠は恵子にその点に関して訊いてみた。
すると、恵子は、
「私と、剣崎さんとの関係はマンションの管理人と居住者という関係に過ぎないのですよ。ですから、私は剣崎さんが何故殺されたのか、また、殺した犯人に関してまるで心当たりないのですよ」
と、決まり悪そうに言った。
それで、高遠はこの辺で恵子に対する聞き込みを終えることにした。
そして、正覚寺近くにあるという剣崎利根子が住んでいたという「星崎マンション」に行っては利根子が住んでいたという404号室を捜査してみることにした。
因みに、404号室は3DKで、利根子は五年程前の新築時に「星崎マンション」を購入したとのことだ。
利根子の部屋は独身の女の部屋らしく綺麗に整頓されていた。また、クリーム色のカーテンとか、牛皮のソファ、漆塗りの食器棚、大型液晶TVなどを見れば、家具調度は贅を凝らしているという感じであった。それらを眼にすると、利根子は、金には何ら不自由はしてないみたいであった。
しかし、知人などから借金をしてこれらを購入し、利根子がその借金を返そうとしなかった為にトラブルが発生し、利根子は殺されてしまったのかもしれない。
そう思いながら、高遠たちは利根子の部屋の中を捜査してみたのだが、特に成果を得ることが出来なかった。
とはいうものの、アドレス帳が見付かったので、アドレス帳に記されてる者にコンタクトを取って聞き込みを行なってみることにした。
因みに、利根子の部屋から指紋が採取され、雲仙で見付かった女の指紋との照合が行なわれた。その結果、それらは一致した。
即ち、これによって、雲仙の旧八万地獄で絞殺体で見付かった女は、長崎市内に住んでいた剣崎利根子と確定したのである。
しかし、その報道はまだ新聞とかTVでは行なわれてなかった。
それで、警察関係者と須崎恵子しか、まだその事実を知らなかったのである。
3
利根子宅にあったアドレス帳に記してあった人物に電話をかけて三人目で早くも手応えがあった。
その人物は、長内美加という人物であった。そんな美加と利根子がどのような関係にあるのか高遠には分からなかった。
それで、高遠は、まずその点に関して美加に訊いてみた。
すると、美加は、
―私は、以前剣崎さんと一緒に働いていました。まあ、昔の仕事の同僚という関係ですね。
と、淡々とした口調で言った。
「そうですか。で、剣崎さんと長内さんは、どのような会社で働いていたのですかね?」
―K生命ですよ。生命保険会社ですよ。保険のセールスレディをやってましたね。
と、美加は、淡々とした口調で言った。
「そうでしたか。で、その剣崎さんが昨日、雲仙地獄で他殺体で見付かったのですよ。明日の新聞等で報道されると思うのですがね」
と、高遠が眉を顰めていうと、美加は少しの間言葉を詰まらせたが、やがて、
―それ、本当ですかね?
と、半信半疑の表情で言った。もっとも、美加とは、電話で話している為に、高遠はそんな美加の表情を眼にすることはなかったのだが。
「本当ですよ。剣崎さんの指紋と雲仙地獄で見付かった女性の指紋は一致しましたからね」
と、高遠は美加に言い聞かせるように言った。
すると、美加は、
―そうですか……。
と、呟くように言った。
そんな美加に、高遠は、
「長内さんは、剣崎さんが何故殺されたのか心当たりないですかね? また、剣崎さんを殺した犯人に心当たりないですかね? また、剣崎さんの身内のことは分からないですかね?」
高遠たちは、利根子の部屋を捜査してみた結果、利根子を殺した動機、犯人のことは元より、利根子の家族状況のことすら分からなかったのだ。それで、とにかくそのように訊いてみた。
すると、美加は、
―剣崎さんには、確かお姉さんがいたと思いますね。で、ご両親は、島原に住んでおられたようですが、詳しいことは分からないですね。
「ご両親の姓は剣崎ですかね?」
―そうだったと思います。
そう美加に言われると、高遠は表情を曇らせた。アドレス帳に記してあった人物の中で剣崎という姓は見当たらなかったからだ。また、郵便物の中にも剣崎という姓は見当たらなかったのだ。
それで、高遠はその旨を美加に話した。
すると、美加は、
―そのようなことを私に言われても、よく分かりませんわ。
と、決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「では、剣崎さんは、何故殺されたのですかね? その動機とか犯人に心当たりないですかね?」
高遠は真剣な表情を浮かべて言った。
すると、美加は、
―そうですね……。
と、呟くように言っては、少しの間言葉を発そうとしなかったが、やがて、
―剣崎さんが殺されても、私は別に不思議とは思いませんね。
と、渋面顔で言った。
すると、高遠は眼を大きく見開き、そして、輝かせては、
「それは、何故ですかね?」
と、いかにも興味ありげに言った。
―死んでしまった人のことを悪く言うにも気が退けますが、剣崎さんは、随分性質の悪い人でしてね。
例えば、私が契約した保険を剣崎さんが横取りしたこともあるのですよ。
で、何故そのようなことが出来たのかというと、剣崎さんは私が他人に知られたくないような秘密を何故か摑み、それをネタに私を脅すのですよ。秘密をバラされたくなければ、契約を剣崎さんに回せという具合に。
で、私が剣崎さんにどのような秘密を摑まれたかは、刑事さんに話す必要もないので話しませんが、私は剣崎さんに私が取った契約を譲らざるをえなくなってしまったのですよ。剣崎さんは、興信所なんかを使って私のことを調べたのではないでしょうかね。
で、剣崎さんは、私以外にもそのような手段を用いたりしては営業成績を上げ、ハワイ旅行にも行かせてもらったことがあるのですよ。
でも、そんな剣崎さんのやり方が会社にバレてしまい、剣崎さんは馘になりましたね。
で、私が剣崎さんと一緒に働いていたのは、もう五年以上前のことで、今では私は剣崎さんと付き合いはなかったですよ。それなのに、何故私の連絡先が、剣崎さんのアドレス帳に記してあったのでしょうかね?
と、美加は些か納得が出来ないように言った。
そう美加に言われると、高遠は決まり悪そうな表情を浮かべた。何故なら、その美加の問いに答えることが出来なかったからだ。
だが、
「では、長内さんは、剣崎さんを殺した動機、犯人に関してやはり心当たりないのですね?」
―ですから、先程も言ったように、剣崎さんは、随分性質の悪い人だったのですよ。だから、誰かの恨みを買ったのですよ。それが動機であり、また犯人だと思いますね。
と、美加は力強い口調で言った。
美加と話をしてみて、確かに捜査は一歩前進した。何故なら、利根子は悪女であったので、他人の恨みを買ってそうなことが分かったからだ。即ち、利根子を恨んでいた者が利根子を殺した可能性は充分にあるというわけだ。
しかし、その恨みが果たしてどのようなものなのか、また、誰が利根子を恨んでいたのか、その点を明らかにするには、まだしばらく捜査を続ける必要があるだろう。
そう思いながら、高遠たちは、引き続き、利根子のアドレス帳に記されていた人物たちに聞き込みを続けた。
すると、高遠が電話して六人目の人物が、高遠に会って話をしたいと言った。
4
その人物は、前野明美という女だった。
それで、高遠は明美に長崎署にまで来てもらっては、明美から話を聞くことになった。
明美は、五十に近い位の年齢で髪を少し茶色に染めた何となく水商売に携わっているような感じの女であった。
そんな明美に小さな会議室に入ってもらっては、高遠は机を挟んでは明美と話をすることになった。
高遠は、そんな明美がもたらすであろう情報にかなり期待していた。何しろ、明美は高遠に直に会って話がしたいと言ったのだ。高遠がそんな明美の話に期待するのは当然であろう。
高遠と直に向かい合って些か畏まった様をみせている明美に対して、高遠は、
「気持ちを楽にして下さい」
と、前置きしては、
「で、前野さんは、剣崎さんと、どのような関係であったのでしょうかね?」
と、明美の顔をまじまじと見やっては言った。
すると、明美は眉を顰めては、
「実は、私は高校の頃から剣崎さんと付き合いがあったのですよ」
と、小さな声ではあるが、はっきりとした口調で言った。
「ということは前野さんも、島原出身なのですかね?」
「そうです。で、私は剣崎さんと同様、島原市内にあるT高校を卒業すると、剣崎さんと同様、長崎に出て来ました。そして、今に至るまで、私は剣崎さんと付き合いがあったのですよ」
と、明美は神妙な表情を浮かべては、淡々とした口調で言った。
「なる程。で、前野さんは、剣崎さんの死に関して、何か思うことがおありとか」
と、高遠はいかにも興味有りげに言った。
すると、明美は、
「私は、誰が剣崎さんを殺したのかまでは分からないのですが、剣崎さんには、不審に思わせることが色々とありましてね」
と、高遠を見やっては、些か決まり悪そうに言った。
だが、高遠は明美にそう言われると、眼を大きく見開き、そして、甚だ興味有りげな表情を浮かべては、
「それ、どのようなことですかね?」
と、明美の顔をまじまじと見やっては言った。
「先程も言ったように、私と剣崎さんは、高校時代からの付き合いで、そして、最近まで付き合いがあったのです。それで、剣崎さんは、剣崎さんのプライベートのことまで私に話してくれたのです。
で、その話の中で、時々、不審に思うことがあったのですよ」
と、明美は再び決まり悪そうな表情を浮かべては言った。
「ですから、それはどのようなことなのですかね?」
高遠は、そんな明美の表情とは対称的に生き生きとした表情を浮かべては言った。
「剣崎さんは、時々数千万単位のお金を手にしていたみたいなのですが、そのお金の出所がよく分からないのですよ」
と、明美はいかにも神妙な表情を浮かべては言った。
「お金の出所が分からない? それ、どういうことなのですかね?」
高遠は、怪訝そうな表情を浮かべては言った。
「剣崎さんは、十八の時に長崎に出て来ては、最初は水商売の仕事に携わっていたとのことです。つまり、バーのホステスをやっていたのです。
そして、そのホステスの後は、保険のセールスレディなんかもやっていたみたいですが、剣崎さんは、金使いが荒いということもあり、お金がないと、いつも嘆いていました。
それなのに、保険のセールスレディを辞めてから特に定職に就いたわけでもないのに、ここ五年位の間で、数千万単位のお金を二度も手にしたということを私は剣崎さんから聞かされたのですよ。
で、正覚寺近くにある『星崎マンション』というマンションの購入資金もその数千万が使われたみたいなのですよ」
と、明美は高遠を見やりながら、些か言いにくそうに言った。
そう明美に言われ、高遠の表情は些か険しくなった。何故なら、今の明美の話は、大いに興味を感じたからだ。
それで、高遠は表情を険しくさせたまま、
「で、その数千万のお金の出所に関して、剣崎さんは、前野さんに話さなかったのですかね?」
「そうなんですよ。私がそのことに関して訊いても剣崎さんは、笑うだけで、何も話そうとはしなかったのですよ。そんな剣崎さんを見て、私は剣崎さんはそのことを絶対に話さないと思いましたね。
で、それでですね」
と、明美はこの時点で一呼吸しては、更に話を続けた。
「実はですね。剣崎さんが何故私に剣崎さんのプライベートのことを何だかんだと話すのかというと、私と剣崎さんは、高校時代の不良仲間だったからですよ。つまり、私と剣崎さんは、高校時代は不良だったというわけですよ。刑事さんには言い辛いこともありますので私たちがどんなことをやったのかは言いませんが、随分悪いことをやりました。
私と剣崎さんは、そういった間柄だったので、私と剣崎さんとの関係はとても堅固でお互いの信頼は篤かったのです。
それなのに、私にその数千万のお金の出所を剣崎さんは、私に話そうとはしませんでした。
それ故、私はその数千万は何かとんでもないことをやった結果、手にしたのではないかと私の勘は告げているのですよ。
そういうこともあって、私はその数千万に関して、剣崎さんに深く訊かなかったのですが……」
と、明美はいかにも決まり悪そうな表情を浮かべては、いかにも言いにくそうに言った。
すると、高遠の表情は一層険しいものへと変貌した。何故なら、今、明美が話したその利根子が手にしたという数千万単位の金がどうやら利根子の死に関係してると高遠はピンと来たからだ。
それで、高遠はその高遠の思いを明美に話してみた。
すると、明美は、
「そうなんですよ。私もそう思っているのですよ。だから、私は刑事さんに会って、私のその思いを話したかったというわけですよ」
と、眼を大きく見開いて輝かせては言った。そんな明美は、一刻も早く利根子の死の真相を明らかにして欲しいと言わんばかりであった。
そう明美に言われると、高遠は小さく肯き、そして、
「で、その数千万に関して、剣崎さんが一体どのようにして手にしたか、前野さんは、全く心当たりないのですかね?」
「ええ。そうなんですよ。私には、まるで分からないのですよ。
でも、剣崎さんが、働いて手にしたお金ではないと思いますね。それは、私は自信を持って断言しますよ。何しろ、その頃、剣崎さんが定職に就いていなかったことを私は知っていますからね」
と、明美は高遠の顔をまじまじと見やっては些か興奮しながら言った。
「なる程。で、剣崎さんが、その数千万を手にしたという時期は一体いつ頃のことなのですかね?」
と、高遠は眼をキラリと光らせては言った。
「今から、五年前の五月頃と、二年前の八月頃だったと思います」
と、明美はその頃に思いを巡らすかのような表情を浮かべては言った。
「そうですか。でも、正にその頃、定職に就いていなかった剣崎さんが、二度も数千万ものお金を手にしたとは妙ですね」
と、高遠は眉を顰めては言った。
「そうですよ。正にその通りなんですよ。それ故、剣崎さんが殺されたのは、そのお金が絡んでいると私は思うのですよ」
と、明美は眼を大きく見開いては、力強い口調で言った。そんな明美は、正に利根子の死の真相はそうに違いないと言わんばかりであった。
すると、高遠は、
「僕もそう思いますよ」
と、明美に相槌を打つかのように言った。
すると、明美は甚だ満足そうな表情を浮かべた。そんな明美は敢えて長崎署に出向いては自らの胸の内を刑事に話して良かったと胸を撫で下ろしているかのようであった。
そんな明美に高遠は、
「で、今までの捜査で、剣崎さんは五年程前に保険のセールスレディを辞めたということが分かったのですが、では保険のセールスレディを辞めてからどのようにして生活資金を得ていたのでしょうかね?」
と、興味ありげに言った。
「それに関しては、詳しいことは分からないですが、丸山町辺りでホステスのアルバイトをやってたみたいです。でも、稼ぎはよくなかったみたいですよ。いつも、お金がないと零していましたからね。また、そのホステスのアルバイトをどれ位の期間やってたのかまでは私は分からないですね。
で、そんな剣崎さんが五年前に正覚寺近くにあるマンションを購入したことを知って私はびっくりしてしまいましたよ」
と、明美は些か興奮気味に言った。
「つまり、日頃お金がないと零していた剣崎さんが、一体どのようにしてマンションの購入資金を手にしたのかと前野さんは思ったというわけですね」
「そうです。私は剣崎さんにそのマンションの購入資金のことを訊いたのですが、剣崎さんは答えてくれなかったというわけですよ」
と、明美は決まり悪そうな表情を浮かべて言った。
前野明美という剣崎利根子と高校時代からの悪友であったという女の証言によって利根子が殺された動機は見えてきた。
つまり、利根子が五年前の五月と二年前の八月に手にしたというその数千万が絡んで利根子は殺されたのだ。そして、利根子が殺されたからには、その数千万は明らかに不審な金だ。
では、その数千万は何処から出たのだろうか?
その謎を明らかにすれば利根子の事件は解決に至るであろう。
そう看做した高遠はこの辺で明美に対する聞き込みを終えたのであった。
5
高遠たちは、まず利根子の銀行の口座を調べてみることにした。
利根子の部屋を捜査した結果、利根子は二つの銀行に口座を持っていたことが分かった。それで、その二つの銀行に調べてもらったところ、前野明美の証言はほぼ裏付けられた。即ち、五年前の五月と二年前の八月に利根子自身によって、併せて三千万と二千万が入金されていたことが判明したのだ。
また、五年前の五月に三千万入金される前は、口座の残金は併せて二十万、二年前の八月に二千万入金される前の口座の残金は併せて二十五万であったことも判明した。また、ここ五年位の間では給料といった定期的な入金は確認出来なかった。
また、五年前の八月にK不動産が二千三百万引き落としていたことから、その二千三百万が「星崎マンション」の購入資金として使われたことは間違いないであろう。
高遠はこれらの事実を目の当たりにして、少しの間何かに思いを巡らすような仕草を見せたがやがて、
「二千万、三千万といった金が一度に手に入る手段で何があるかというと、それは生命保険だよ!」
と、力強い口調で言った。
高遠にそう言われると、小林刑事は、
「なる程。確かに警部の言われる通りですよ。僕もそう思いますよ」
と、眼を輝かせては、高遠に相槌を打つかのように言った。
小林刑事にそのように言われ、高遠は気を良くしたのか、
「そうだろ! そうに違いないさ!」
と、いかにも機嫌良さそうな表情を浮かべて言った。高遠は、この時点で早くも事件解決は近いと思ったのだ。
だが、小林刑事は、
「でも、一体誰の生命保険を手にしたのでしょうかね? 剣崎さんの身近な人といえば、剣崎さんの両親でしょうが、剣崎さんの両親の生命保険が絡んで殺人事件が発生したというのは何だか妙だと思うのですがね。
それに、もし剣崎さんが両親の生命保険を手にしたのであれば、前野さんにそのことを隠す筈はないでしょうからね」
そう小林刑事に言われると、高遠の表情から一気に笑みは消えた。確かに、小林刑事の言ったことはもっともなことであったからだ。
とはいうものの、利根子の両親の生命保険を利根子が手にしてなかったかは確認してみる必要はあるだろう。
ということになり、鹿児島に住んでいるという利根子の姉だという姉崎友美に早速その点を確認してみることにした。
高遠は、友美に会う為にわざわざ鹿児島まで行かなければならなかった。何故なら、このようなことは、電話では訊きにくかったからだ。
友美宅は城山の近くにあったが、小じんまりとした二階建てであった。
高遠は、予め友美に来訪の旨を伝えてあったので、高遠が玄関扉横のあるブザーを押すと、すぐに玄関扉が開き、五十位の女が姿を見せた。
その女は友美と思われるのだが、利根子とはあまり似てない容貌であった。利根子が水商売が似合いそうな社交的な感じの女であったのに対して、友美は非社交的で、事務職に携わっていそうな感じであったからだ。
それはともかく、私服姿の高遠は警察手帳を見せては自己紹介し、高遠の眼前の女が剣崎利根子の姉である姉崎友美であることを確認すると、早速、利根子、そして、友美の両親の生命保険に関して訊いてみた。
すると、友美は、
「高遠さんの思いは、全くの的外れですわ」
と、些か決まり悪そうな表情を浮かべては言った。そんな友美の表情はわざわざ長崎からやって来た高遠の行為が無駄に終わったということに申し訳なく思っているかのようであった。
「的外れ? ということは、利根子さんはご両親の生命保険を受け取らなかったのですかね?」
と、高遠は眉を顰めては言った。
「ええ。そうです。私たちの父親は、私が小学校五年、利根子が小学校三年の時に、母親は私が高校三年、利根子が高校一年の時に、相次いで癌で亡くなったのですよ。
そんな父親と母親には、何ら生命保険はかけられていませんでした。
それ故、利根子が五年前と二年前に手にしたという数千万のお金は私たちの両親の生命保険でないことは間違いありませんよ。つまり、刑事さんが言ったことは全く的外れだったということですよ」
と、友美は渋面顔を浮かべては言った。
そう友美に言われると、高遠は些か落胆したような表情を浮かべたが、しかし、それは予想通りであった。何故なら、小林刑事が指摘したように、利根子が両親の生命保険を受け取ったのであれば、そのことを利根子の親友であった前野明美に隠す筈はないと思われたからである。
それで、高遠はすぐに表情を元に戻すと、
「では、姉崎さんは、利根子さんが手にしたその数千万について心当たりありませんかね?」
と、友美の顔をまじまじと見やっては言った。
高遠は電話ではあるが、既に利根子の死を友美に改めて話した。そして、その時に友美は利根子を殺した犯人や動機に関して心当たりないと証言していたが、その数千万に関しては何か知っているのではないかと思い、高遠はそう訊いたのである。
だが、友美は、
「分かないですね」
と言っては気難しそうな表情を浮かべては顔を振った。
高遠は、そんな友美を眼にして、何となく余所余所しさを感じた。
そういえば、電話ではあるが、友美に利根子の死を話した時も、友美は特に悲しんでいるようにも思えなかった。
それはともかく、友美にそのように言われると、高遠は、
「でも、五年前に利根子さんは長崎市内にマンションを買いましたよね。利根子さんは、そのお金の出所を姉崎さんに話さなかったのですかね?」
と、些か納得が出来ないように言った。
すると、友美は、
「話してなかったですよ。それに、私も訊きませんでしたからね」
と、高遠から眼を逸らしては素っ気無く言った。
そんな友美を見て、高遠は決まり悪そうな表情を浮かべた。何故なら、利根子の姉である友美ならそれに関する何らかの情報を持っている可能性はあると高遠は読んでいたからだ。だが、その高遠の読みはあっさりと外れてしまったのである。
そんな高遠の胸の内を察したのか友美は、
「私と利根子は、母親が死んでからは別々の家庭で暮らすようになったのです。私は母の叔母に、利根子は父の叔父にという具合に。
そして、高校を卒業すると、それぞれ一人で暮らすようになったのですが、元々、私たち姉妹はあまり仲が良くなかったのですよ。それで、年賀状だけの付き合いがここ二十年位、続いているのですよ。私と利根子の間柄は、そういったものなのですよ」
と、高遠を見やりながら神妙な表情を浮かべては言った。
「そういうわけでしたか……」
些か、複雑ともいえる友美、利根子姉妹の家庭事情を知って、高遠も神妙な表情を浮かべては呟くように言った。
そして、友美にこれ以上聞き込みを続けても成果を得られないと思い、この辺で友美に対する聞き込みを終え、長崎に戻ることにした。
鹿児島にいる姉崎友美からは事件解決に近付く証言は得られなかったものの、高遠たち捜査陣は利根子が五年前と二年前に手にした三千万と二千万はやはり生命保険だと看做していた。
とはいうものの、両親といった身内からのものでないとすると、一体誰からのものなのか?
それに関して、全く思い浮かべることが出来ない為に、高遠たちの表情は冴えないものに変貌せざるを得なかった。
「生命保険以外の線も当たってみてはどうですかね」
という刑事の発言も見られるようになった。
それで、高遠の表情は一層冴えないものへと変貌したのだが、突如、高遠は眼を輝かせては、
<そうか!>
と、心の中で叫んだ。高遠は電光石火の如く妙案が閃いたのだ。そして、何故こんなことに早く気付かなかったのかと、自らを責めた。
そう! 殺人が行なわれたのだ! 生命保険に絡む殺人が!
利根子は生命保険がかけられていた何者かを事故なんかに見せかけては殺し、その生命保険を手にしたのだ! 即ち、生命保険金殺人が行なわれたのだ!
そう推理すると、利根子の事件はうまく説明出来る。即ち、今度は、利根子がその犠牲になってしまったというわけだ。
高遠はその思いを、小林刑事たちに話した。
すると、異論を唱える者は、誰もいなかった。
即ち、利根子は保険金殺人によって五年前と二年前に三千万と二千万を手にした。そして、その保険金殺人が尾を引き、今度は利根子が殺されてしまったというわけだ。
利根子は、ひょっとして三度目の保険金殺人を行なおうとしてたのかもしれない。
しかし、それがうまく行かなかった。そして、逆に利根子が殺されてしまった!
その可能性は充分にある!
これによって、捜査方針は決まった!
高遠たちはこの時点でその捜査方針に基づき、新たな捜査へと取り掛かったのである。