第四章 亀裂
1
みちるが歌舞伎町で引っ掛けた男に身体を奪われ(正確にいえば、みちるが意図して男に身体を与えたのだが)、また、万造と茂が、みちるが引っ掛けた男を滅多打ちにしてから二ヶ月が過ぎようとしていた。そして、その間、実のところ、万造たちは、美人局を行なってなかった。
というのは、万造たちは、万造たちの行為が徐々にエスカレートしてるのを充分に認識していた。それ故、万造たちが警察のお尋ね者となるのではないかと、恐れたのだ。
万造たちから被害を受けた男たちは、まだ誰もその被害を警察に届けてないみたいであった。というのは、新聞等で万造たちが犯した事件に関する記事を万造たちは見たことがなかったし、また、万造たちの前に警察が現れ訊問を受けたこともなかったからだ。
また、みちるや和美に声を掛けたか、掛けられたかという違いはあったものの、見知らぬ女とホテルに入ったという後ろ暗さが男にはあるに違いない。それ故、万造たちに被害に遭った男たちは安易に警察に届けはしないであろう。
そういった読みも万造たちにはあった。
しかし、程度というものがある。二ヶ月前のように男を滅多打ちし、後遺症を与えてしまうようなことともなれば、それは、万造たちにとって、取り返しの付かない位の痛手を被ってしまうことにもなりかねないのだ!
それ故、美人局は止めたのだが、その代わりこれといった職に就いていない万造たちの金蔓が絶たれてしまった。何しろ、まともに働いて金を稼ぐことが苦手で、また、務まらない万造たちだ。それ故、新たな金蔓を見付けなければならなかった。
そして、それが見付かったのだ。
そして、それは、正に強盗であった。
万造と茂は美人局から手を引いたといえども、時々、歌舞伎町の外人が経営しているバーとかスナックに出入りしていた。そういった店の中には、犯罪者の溜り場となってるところもあるという噂を耳にしたことがあったのだ。
そして、三回程、中国人が経営してるという「ロメオ」という小さなスナックで万造と茂が必要としていたような人物と出会った。
その人物は、李と称している三十歳位の男であった。
もっとも、その李が本名なのかどうかは分からなかった。また、李が密入国して来たのか、正式に入国して来たのか、そのようなことは、まるで分からなかった。
しかし、李が日本で悪事を働き、一稼ぎしようとしてることは、間違いなかった。
そんな李と茂との間で、お互いに協力し、一稼ぎしようという話がまとまったのである。
即ち、李たちがやろうとしてるのは、ピッキングを始めとする強盗であった。ピッキングし易い家にはピッキングで侵入する。ピッキングし難い家には窓ガラスを割ったりして侵入する。
そんなことは、李たちにとって朝飯前であった。
だが、李たちには車がなく、また、日本の地理にも詳しくない。それ故、車の運転とか見張りなんかを万造と茂が請け負うことが決まったのである。
そして、その分け前は、李と李の仲間である陳なる中国人が六割、万造と茂が四割と決まった。そして、李が言うには、稼ぎは多い時で数千万となることもあるとのことだ。
それ故、美人局で稼ぐ金とは、桁が違った。だが、美人局以上に警察に捕まる確率が高いという。
それ故、警察にいかにして捕まらないようにするか、その点に関して、万造と茂は、李と陳と共に入念な打ち合わせをした。
そして、李、陳、万造、茂たちの犯行が実施される日は、刻一刻と近付いて来た。
だが、そんな万造たちの犯行に異議を唱えた女がいた。
それは、仲村みちるであった。
みちるは万造たちと美人局をやってたのだが、徐々に美人局には抵抗を感じるようになっていた。
最初は、軽い気持ちで美人局をやり、また、面白いように男が引っ掛かった。しかし、万造と茂がみちるが引っ掛けた男に暴力を振るうのを見て、みちるは徐々に美人局に抵抗を感じるようになって来た。
それで、みちるは時々、万造に、
「美人局は止めようよ」
だが、万造は、そんなみちるの言葉に耳を傾けようとはしなかった。そんな万造は、
「じゃ、俺たちは一体どうやって金を稼ぐんだい?」
と、眉を顰め、みちるに言い返したのだ。
みちるは、そんな万造に愛想を尽かせ、万造と別れればよかった。そうすれば、みちるは万造たちの犯行に手を染めなくても済んだのだ。
しかし、みちるはそうしなかった。
それは、何故か?
何か、理由でもあるのか?
そう! 実はみちるが万造と別れられない理由が確かにあったのだ!
みちるは、高一の時に暴走族に捕まり輪姦されそうになったことがあった。
だが、その場に偶然やって来た万造が、その暴走族に立ち向かい、その身を犠牲にしてまでして、みちるを守ったのである。
その結果、みちるの処女は守られた。
だが、その時、万造は肋骨を骨折し、また、顔面には一生消えない痣が残ってしまったのだ。正に、万造はその身を犠牲にまでして、みちるを守ったのである!
みちるは、そんな万造に全てを捧げる決意をした。死ぬまで万造に尽くすと、みちるは決意したのだ!
その当時、みちると万造は同じ高校に通っていたのだが、単なる学友に過ぎなかった。だが、その時以来、みちると万造は、ただならぬ仲となったのである。
しかし、万造がみちるが想像もしてなかった悪という側面を持っていたなんて、その当時は思ってもみなかった。
そんな万造は、年月が経つに連れてその悪という本性が露骨に現れて来て、高二の時から、万引き、恐喝、クスリに手を染め始めたのだ。
だが、みちるはそんな万造と別れるわけにはいかなかった。何しろ、万造は命をかけてみちるを守ってくれた男なのだ。
もっとも、万造はまずまずの容貌を持ち合わせてはいた。これが、まるで醜男なら、みちるの思いを今程捕えることは出来なかったかもしれない。
そんな万造とみちるは、高校卒業後、定職に就こうとしなかったことは、先述した通りだ。
もっとも、みちるは親の脛をかじって生活していけないこともなかった。しかし、自由に使える金は限られていた。
そういった事情により、みちるが万造たちの犯行の片棒を担ぐようになったのは、正に自然の成り行きであったかのようであった。
それが、万造とみちるとの有様であったのだが、では、茂と和美との有様はどのようなものであろうか?
茂と和美は、万造とみちると同じ高校だった。即ち、学友であったのだが、茂は万造の悪友であった。茂は万造と共に万引き、恐喝、クスリなどを行なっていたのだ。
そして、和美はみちるとは違って元々不良少女だったのだ。
中学二年の時に初体験を済ますと、高校一年の時には売春も経験していたのだ。
そんな和美であったから、茂の女になるのは、正に自然の成り行きであるかのようであった。
そして、和美もみちる程ではないが可愛い女であった。
そんな和美とみちるであったから、万造と茂は男を引っ掛けられると読んだ。その結果、みちるたちの美人局が行なわれることになったのである。
2
その日、万造はみちるのアパートを訪れていた。
みちるは、世田谷区内にある2Kのアパートで一人で暮らしていた。もっとも、その家賃は親持ちであったが、生活費は自分で稼がなければならなかった。
それで、このアパートで暮らすようになってから、週に三回ほどスナックでアルバイトを始めたのだ。
その時のみちるの髪型は美人局を行なってた時とはまるで違ったものであり、また、化粧もかなり控えていたので、たとえ以前みちるが美人局で引っ掛けた男がスナックでアルバイトをしてるみちるを眼にしても、その時のみちるだとは分からないであろう。
みちるには、その自信があった。それ故、スナックでアルバイトを始めたのである。
そして、そんなみちるの新居を万造は最近、度々訪れていた。
そんな万造は、六畳程の洋室に置かれている肘掛椅子にドカンと腰を降ろしては、
「最近、何だか俺のことを避けてないか?」
と、些か不満そうに言った。
すると、みちるは、
「そんなことないよ」
と、万造から眼を逸らせていたが、薄らと笑みを見せては言った。
「そうか。それならいいが……」
と、万造も薄らと笑みを見せては言った。
そして、万造は立ち上がり、洋室のフローリングの上に座っているみちるの許に行っては、みちるを抱き寄せようとした。
すると、みちるはそんな万造の胸を手で押しては、
「ごめんね。今日は何だか気分が悪いのよ」
と言っては万造を拒んだ。
すると、万造は渋面顔を浮かべては、
「そらみろ! これで、その台詞はもうこれで四回目じゃないか!」
と、甚だ不満そうな表情と口調で言った。
即ち、ここしばらくの間で、万造は今のようにみちるを抱こうとしたのだが、そのいずれもみちるに「気分が悪い」とか言われ、みちるは万造を拒否したのである。
万造にそう言われ、みちるは、
「だって、本当なんだもん」
と、些か決まり悪そうに言った。
「じゃ、ペッティングだけでもいいよ。少し、触らせろよ」
そう言うや否や、万造は再びみちるの傍らに来ると、みちるの服を脱がそうとした。
すると、みちるは、
「駄目!」
と言っては、再び万造の胸を手で押しては、万造を拒んだ。
だが、今度は万造は退きはしなかった。万造はみちるを無理矢理床に倒すと、みちるのブラウスを脱がしに掛かったのだ。
「嫌!」
みちるは声を荒げはしなかったものの、万造に抗った。
だが、万造はそんなみちるに構わず、みちるのブラウスを捲り上げると、一気にみちるのピンク色のブラジャーを毟り取った。
すると、万造の眼にみちるの形の良い乳房が飛び込んで来た。
その乳房を万造は今までに何度も眼にして来たが、改めて魅力的な乳房だと思った。
そんなみちるの乳房を万造は何度も鷲摑みにした。
「嫌!」
みちるは何度も頭を左右に振っては、万造に抗った。
万造は、そんなみちるを眼にするのは、初めての経験であった。
しかし、今まで何十回となく万造はみちるの身体に万造のものを没入させて来た。今や、そんなみちると万造の関係は、内縁関係にあるといってもいい位の関係であったのだ。
それ故、今や万造は遠慮する必要はないと看做した。今や万造はみちるの身体を自由に翻弄する権利があると万造は看做した。
そんな万造は、やがてみちるのスカートを捲り上げた。
すると、そこにはブラジャーと同じ色、即ち、ピンク色のパンティがあった。
万造はそのパンティの上に自らの右手をあてがい、左手でみちるの乳房を鷲摑みにした。そんな万造は正に淫靡な笑みを浮かべた。
そんな万造にみちるは、
「止めて……」
と、言い続けた。そのみちるの声は決して荒いものではなかったが、みちるの様からして万造の行為に抗っているのは間違いなかった。声では拒否の言葉を発しながら、それは体裁上だけだというケースもあるが、今のみちるは正にそのケースには当て嵌まらなかった。それは、間違いなかった。
だが、万造は、万造の行為を止めなかった。何しろ、万造はここ一ヶ月程、みちるを抱いてなかったのだ。ここ一ヶ月程、みちるは気分が悪いとか言って、万造を拒否続けていたのだ。今までは一週間に一度は必ずやっていたにもかかわらず……。
それ故、万造は今日こそ、みちるを抱いてやろうとみちるのアパートに乗り込んで来たのだ。そんな万造の思いをみちるが制止出来ないのは、当然のことのように思われた。
万造は、やがてみちるのパンティを脱がしに掛かった。
すると、みちるは手足をバタバタさせては、万造の行為を改めて拒否する姿勢を見せた。
そんなみちるを眼にして、万造の動きが止まった。
すると、みちるは素早く身体を立て直し、パンティとブラジャーを元の位置へと戻した。さらに、ブラウスで胸を隠した。
そして、
「何で、こんなことをするの?」
そう言ったみちるは、万造のことを強く非難してるかのようであった。
「何でって、最近やってないじゃないか。もう一ヶ月以上やってないんだぜ」
万造は、些か不満げに言った。
「だから、最近気分が悪いのよ」
みちるは、万造を突き放すかのように言った。
そうみちるに言われると、万造は、言葉を詰まらせてしまった。
そんな万造に、
「今日は気分が悪いから帰ってよ」
万造は、そう言われるのは、これで四回目であった。一週間前にも、二週間前にも、三週間前にも、今のようにみちるに言われ、まるで追われるようにして、みちるのこのアパートを後にせざるを得なかったのである。
それで、万造は、
「最近のお前は、何だかおかしいぞ」
と、怪訝そうな表情を浮かべては、眉を顰めた。
「だから、気分が悪い日が多いのよ。だから、もう帰ってよ」
みちるの再三に及ぶ帰宅要請に、万造はみちるの部屋を後にせざるを得なかった。そして、みちるのアパートを後にした万造の表情は甚だ険しいものであった。
3
万造は、みちるのアパートを後にした後、その足で茂のアパートに向かった。茂は台東区内にある2DKの賃貸アパートで一人で住んでいた。
茂の部屋の中に入った万造は、すぐにみちるのことを茂に話した。そして、そのことを茂に話すのは万造は初めてのことであった。
茂は万造の話に何ら言葉を挟むことなくじっと耳を傾けていたのだが、万造の話が一通り終わると、
「みちるは明らかにお前を拒否してるな」
と言っては眉を顰めた.
「俺を拒否してる、か……」
そう言っては万造も眉を顰めた。
「ああ。そうだ。気分が悪いというのは、口実さ。つまり、もうお前のことが嫌いになったんだよ」
そう言っては、茂は渋面顔を浮かべた。
<そんな馬鹿な……>
万造は、声には出さなかったものの、心の中では強くそう思った。何故なら、みちるは何度も万造に抱かれ、絶叫したものであった。万造の身体を強く抱きしめ歓喜の叫びを上げたものだ。
そんなみちるを眼にして、みちるはもう万造から離れられないと万造は自覚したものであった。
そんなみちるだからこそ、万造たちが企てた美人局にもみちるは快く応じたのだ。いわば、万造の女だからこそ、みちるは万造たちの悪事に協力したのだ。いわば万造とみちるは一心同体みたいなものだ。万造はそのように看做していたのだ。
そんなみちるが、万造のことを嫌いになったと茂に言われても、万造はあっさりとそれを信じることは出来なかった。
それで、万造は、
「信じられないな……」
と、いかにも困惑したような表情を浮かべては呟くように言った。
「俺はそう思うよ。大体、この一ヶ月でお前がみちるのアパートに四回も行ったのに、四回とも気分が悪いというのは明らかにおかしいぜ。そんな偶然が四回も重なるわけはないじゃないか」
と、茂は正にそうに違いないと言わんばかりに、自信たっぷりに言った。
そう茂に言われ、万造は渋面顔を浮かべては、言葉を詰まらせてしまった。そう言われてみれば、確かにそう思えないこともなかったからだ。
だが、やはり、信じられないという思いが万造の心の中にはあった。
それで、万造は、
「でも、信じられないな」
と、呟くように言った。
「信じられない気持ちは分かるが、しかし、それが事実だよ。そうだ! ひょっとして、みちるには男が出来たんじゃないのかな」
茂は眼を大きく見開いては輝かせて言った。
「男?」
万造は、渋面顔で言った。
「ああ。そうだ。男だ。女っていうのはな。新たな男が出来ると、古い男には身体を拒むというじゃないか。そのようなことを、俺は聞いたことがあるぜ! みちるの場合も、正にそのパターンじゃないのかな」
そう茂に言われ、万造は言葉を詰まらせてしまった。何故なら、万造もその可能性はあるという思いが万造の脳裏を過ぎったからだ。
しかし、それは万造にとって、信じられないことであり、また、許せないことであってた。
それ故、もしそれが事実なら、みちるの行為は正に万造に対する裏切りであった。
そう思うと、万造の表情は、正に険しいものへと変貌せざるを得なかった。
そんな万造に茂は、
「お前は俺たちの新しい仕事のことをみちるに話したんだろ?」
茂が言った新しい仕事とは、万造と茂が中国人と組んで強盗を行なうことであった。それは、まだ一度も実行されてなかったが、近い内に実行されることが決まっていたのだ。
「ああ」
茂にそう言われ、万造は小さく肯いた。
すると、茂も小さく肯き、
「つまり、そのことも影響してるんじゃないかな。
つまり、みちるはそんな俺たちに愛想を尽かせたんじゃないかな。そのことも、お前のことを避けるようになった理由なのかもしれないな」
そう茂に言われ、万造は確かにそういうこともあると思った。
万造は、元々、根っからの不良だと自覚していた。そして、それは万造が育った家庭環境が影響してるとも思われた。
何しろ、万造の父親は万造が小学校一年の時に新しい女を作って家を出て行った。
残された万造と二歳年下の妹は、パート勤めの母親の手によって育てられることになった。
しかし、その母親も万造が小学校三年の時に新たな男を作って家を出て行った。万造は、小学校一年の妹と二人で生きていかなければならなくなったのだ。
しかし、小学校三年と一年の兄妹が二人で生きて行ける筈はなかった。
それで、万造と妹は母親のいとこの国松家に預けられることになった。
だが、その一年後に妹は交通事故死した。そして、万造はやがて、国松家から厄介者扱いを受けるようになった。それは、万造の性格がひねくれていた為かもしれないが、国松家が万造の面倒を見ることが出来ないと役所に申し出たのである。
それを受けて、万造は高校一年の時から、一人暮らしを始めるようになった。奨学金を貰い、また、アルバイトをしながら、万造は何とかやり繰りをしたのである。
そういった環境に育って来た万造が悪事に手を染めるようになったのは、やむを得ないという言い訳が出来るのかもしれない。
そんな万造が心底から愛し、また、信頼を寄せたのが、みちるであったのだ。
それ故、みちるの裏切りは、万造にとって信じられないものであり、また、許せなかったのだ。
そんな万造であったが、みちるはといえば、万造とは違って、東京都内のごく普通のサラリーマンの家庭で育った。
そんなみちるは、学業はあまり得意ではなかった。自らを綺麗に着飾り、街を闊歩したり、ショッピングしたりするのは得意であったが、学業は下位に位置していたのだ。
それ故、優秀な高校に入ることは出来ず、結局、都内の某高校に入学した。そこで知り合ったのが、万造や和美であったのだ。
それはともかく、万造から甚だ深刻な相談を受け、万造と茂との間で、しばらくの間、沈黙の時間が流れたが、やがて、茂が、
「みちるに男が出来たのかどうか、探ってみたらどうかな」
と、いかにも妙案が浮かんだと言わんばかりに、眼を輝かせては言った。
すると、万造は、
「そんなことを俺が訊いても、みちるは正直に答えはしないよ」
と、いかにも気難しそうな表情を浮かべては言った。
「だから、盗聴器だよ。盗聴器をみちるの部屋にセットするんだよ」
茂は再び妙案が浮かんだと言わんばかりに言った。
「盗聴器か……。確かにそれはいい案だな」
と、万造は正に茂に相槌を打つかのように言った。
だが、程なく、
「しかし、盗聴器というのは、盗聴器の近くに待機してなきゃ駄目みたいじゃないか。数百メートルも離れていれば、盗聴器の発する電波をキャッチ出来ないみたいじゃないか」
と、万造は以前雑誌なんかで読んだことを思い出しては言った。
すると、茂は、
「それがだな。盗聴器の電波受信機にテープレコーダーをセットしておけばいいんだよ。そのテープレコーダーはその盗聴電波が発信された時だけ録音出来るという優れものなんだよ。そして、俺はその盗聴器一式を持ってるんだ!」
と、些か自慢げに言った。
「それ、本当か?」
万造は、半信半疑の表情を浮かべては言った。
「ああ。本当さ。こんなの電気街に行けば、売ってるぜ。俺は、こういった代物はいつか役に立つだろうと思って購入してあったんだよ。で、早くも、それが役に立つというわけさ。
つまり、その盗聴器を密かにみちるの部屋にセットするんだ。もっとも、受信機とテープレコーダーはみちるの部屋にセットしては駄目だぜ」
と、茂は万造に言い聞かせるかのように言った。
すると、万造は、
「そりゃ、分かっているさ」
と、照れ臭そうな表情を浮かべて言った。